
あの実力派踊り子! 新庄愛と渡辺理緒がチームを結成!
その名も「アンサンブル・ローズ」・・・
「アンサンブル・ローズ」は、2001年6月1日、川崎ロックで華々しい産声を
上げ、ストリップファンの注目と賞賛の拍手を欲しいままにした。
そして公演を重ねる度に、数々の優れた作品を世に送り出して来た。
しかし今年、2006年 8月にメンバーの一人「渡辺理緒」の引退が決まった。
アンサンブル・ローズとしての活動にも、終止符を打つ事になったのだ。
非常に残念な事であるが、いつかきっと来るであろう「その日」がとうとう今年、やって来てしまった。
あなたは「アンサンブル・ローズ」のステージを何度、もしくは何作品観劇しただろうか? この場で少し記憶の玉手箱をそっと開いて、あの日・あの時、あなたが見た「アンサンブル・ローズ」のステージを思い出してみないか? 白い煙が立ち込めるその中に、アンサンブル・ローズが繰り出す奇想天外、アグレッシヴなダンス、魂を揺さぶるベットシーン・・・ あなたなりのアンサンブル・ローズのステージ、名場面が見えて来たはずだ。
さぁ、その白く立ち込めた煙の中を、もう少し良く目をこらして見てごらん。
何が見える? ほら! だんだん煙が薄れて来た! 煙の中から誰かがこちらをじっと見つめてる、誰だ!
[エリザベート開幕!]
この物語「エリザベート」は天国と地獄のはざま、死んだ人間をどちらの世界へ送り出すか、振り分ける裁判シーンから始まる。日本で言えば閻魔大王の「裁判」とでも言えばシチュエーションは理解出来るだろうか。
そして今ここで裁かれているのが、イタリア人テロリスト「ルイジ・ルキーニ」。
容疑は「エリザベート暗殺」の実行犯、しかも現行犯逮捕。のちに獄中で自殺を図り、死亡・・・
ルイジ・ルキーニは死後、あの世の裁判で犯行を自供し、容疑を全面的に認めているのだが、「エリザベート暗殺」についての動機がハッキリしないので、裁判官がいらだち、強く詰問している。
そして、あの世には時間と言う観念がないので、エリザベート殺害に至る動機について、裁判官はもう百年も「エリザベートをなぜ殺害したのか」について、問い詰めているのであった。
さすがにルイジ・ルキーニも嫌気が差し、「エリザベート自身が望んだんだ!」と言うが、裁判官は信用しない。それならば! と、とうに死に絶え朽ち果てたオーストリア王家・ハプスブルグ家の人々をたたき起こし、裁判の証言台に立たせた。しかし、それでも納得しない裁判官に対し、ルイジ・ルキーニは最後の切り札として、「黄泉の国の帝王・トート閣下」を呼び出し、「オーストリア皇妃・エリザベート」の、誰も知らない真実の物語を証言させるのだった・・・
注目! 黄泉の国の帝王・トート閣下。
またの名を「死!」
渡辺理緒が羽織ったマントを両手で広げ、白い煙の中からステージに
登場する。渡辺理緒はピクリともせずに、凛! として立つ。
あれは一体誰なんだ?
そう、あれこそ誰あろう闇の支配者「黄泉の国の帝王・トート閣下」
またの名を「死」・・・
この物語「エリザベート」の影の主役である。渡辺理緒があこがれて、あこがれて夢にまで見たこの役。
初日、川崎ロック座の幕が開いたその時に、トート閣下の衣装を身にまとい、このポーズでステージに立つ事で、渡辺理緒の夢が一つ叶ったと言える。渡辺理緒の晴れ姿、じっくりと見てあげて欲しい。
闇の中から浮かび上がるようにして現れた「トート閣下(渡辺)」は、右腕を高く掲げ、自分の権威の高さを誇示しながら、落ち着いた低い声で歌い出す。(ストリップ歌劇だからね)
天使の歌は喜び。悪魔の歌は苦しみ。人が歌うその歌は、私を燃やす愛。
人の命を奪って、もてあそぶのさ、冷たく。ただ一つの過ちは、皇后への愛だ・・・
怪しげに登場した、渡辺理緒演じる「トート閣下」。実は「死神」なのである。人の命の灯火が消え、「死」を迎える時、黄泉の国からこのトート閣下と黒天使達が迎えに現れる。そしてトート閣下が死んだ人間に、氷のような冷たい微笑を投げかけ「死の接吻」をした時、初めて「死」が成立すると言う訳なのだ。
ではどうして今、死を司る黄泉の帝王・トート閣下がこんな所へ登場して来たのか? つまり、いま死に掛けている人間がここにいると言う事だ。それは一体誰か? この物語の主役、少女時代の「エリザベート」。
おてんば娘のエリザベートは、サーカスのマネをして、立ち木にくくりつけたロープの上を綱渡りしている時に、バランスを失い頭から転落し、たった今、死にかけていたのだった。
脈は止まり、すでに心肺機能停止・・・
エリザベートは家族や親戚の者達に見守られ、静かに息を引き取った。
(新庄愛演じるエリザベートが、拍手と共にシモテより登場する。)
そこで「黄泉の国の帝王・トート閣下」が、仮に死んだエリザベートに正式な「死」を承認するために、現れたと言う訳である。ところがだ・・・ いつものようにトート閣下が「死の接吻」をしようと、少女・エリザベートを抱き寄せた時、トート閣下の体に熱い衝撃が走り、エリザベートの事をいとおしく想う強い気持ちが芽生え、トート閣下(渡辺)は歌う。

その瞳が胸を焦がし、眼差しが突き刺さる。
息さえも俺を捕らえ、凍った心とかす。
ただの少女のはずなのに、俺のすべてが崩れる。
たった1人の人間なのに、俺を震えさせる・・・
お前の命奪うかわり、生きたお前に愛されたいんだ
返してやろうその命を。
その時お前は俺を忘れ去る、お前の愛を勝ちうるまで
追い掛けよう、どこまでも追い掛けてゆこう!
つまりトート閣下は、エリザベートに一目ぼれしたと言う訳だ。「死」を承認するべきトート閣下が、事もあろうに死んだ人間を生き返らせる? しかも「死」が生きた人間を愛してしまう? それはあり得ない厳粛な「死」への冒とくであり、タブーである。つまり、「エリザベートを愛する事」は、「死」への反逆でありトート閣下にとっても、大きな賭けだったに違いなかった。
しかし、「死」が人を愛する・・・
じゃぁ、人が「死」を愛するなんて事があるのだろうか?
だがそうでないと、二人は? 結ばれない・・・