もずのわくわく劇場日記 No.151


特別編集版! 一気読みスペシャルレポート

2006年 1月 9日 道後ミュージック

渡辺理緒・新作「アイリッシュ・フェアリー」


アイルランドのベルファストにあるハーランド・ヴォルフ社で建造された、当時世界最大の客船・タイタニック号は1912年4月10日、イギリスのサウサンプトン港から、処女航海に出航した。

フランスのシェルブール、アイルランドのクイーンズタウンに寄港し、アメリカのニューヨーク港に向かうコース。順調な航海を続けていたが、4月14日23時40分、北大西洋のニューファウンドランド沖に達した時、流氷群の中の高さ20m程の氷山をかすめるような形で激突。

多くの乗員乗客が船から脱出できないまま、衝突から2時間40分後の2時20分、轟音と共にタイタニックは真っ二つに折れ(海中で3つに分裂)、ついに沈没した。

意外な事に、実はタイタニック号には唯一の日本人乗客として、鉄道院副参事の「細野正文」氏が乗船していた。「細野正文」ん? 何となくどこかで聞いたことがあるような名前だね?

そう! タイタニック号に乗っていた「細野」氏は、元・YMOの「細野晴臣の祖父」なのでした!
まぁそれはいいとして。

このタイタニック号、唯一の日本人乗客「細野正文」さんは、他の乗客が書いた手記により、とんでもない濡れ衣を着せられる事になったのでした! 許せん・・・

「タイタニック号の乗客の中には日本人の細野と言う男もいたが、細野は、いや日本人は自分が助かるために、人を押しのけて救助ボートに乗った!」

これは事実無根のでっち上げ話である! と言うのは、タイタニック号が建造され、処女航海に出て沈没したのは今からおよそ94年ほど昔の話。その頃はまだ日本人は国際的地位も低く、単純に人種差別を受けていた。タイタニック号は大英帝国船籍の超豪華客船、野蛮な国に住むサルが乗るような船じゃない! 要はそう言う事よ。

細野氏の無念! 汚名を長いこと着せられてはいたが、彼の死後 1941年になって、細野が「救助直後に残した手記」が発見された! そして実は、1997年に「細野とその乗客は別のボートに乗っていた」という調査報告がなされたため、彼の名誉は回復された!

ところがだ、この事件が長く喧伝されたのに対し、名誉回復が行われてから日が浅いため、いまだにこの件を持ち出して、日本人男性を非紳士的と主張する人間も少なくないと言う事である。この話ってすげぇ、ムカつかねぇ?

で、なんであるかな・・・

つまり、タイタニック号はアイルランドで造られた船であると言いたかった。(笑)
今回の渡辺理緒さんの新作「アイリッシュ・フェアリー」では、作品の背景や、テーマが「アイルランド」である。なので、新作の作品レポートへ行く前にだ、最近流行の? 「アイルランド」って言う国の、歴史と伝統・文化について、ご一緒に学習してみようではないかと、実にアカデミックなもずさんのレポートである。

えぇ? だってさぁ、案外「アイルランド」って国の歴史や文化ってのは、みなさんの身近にゴロゴロ転がっているのに、知られていない事が多いのよ。それに、渡辺理緒さんだって言ってみれば「たかがストリップ」の小さなステージなのに、それを「されどストリップ」と言う、レベルにまで昇華させている訳で、これほどの作品・ショーなんて、ストリップ劇場では普通、お目にかかれないと思うよ?

アイルランド共和国は、北大西洋のアイルランド島に存在する、立憲共和制国家である。
アイルランド島に、はじめて人類が居住したのは、紀元前7500年ごろの旧石器時代であるとされる。

おぉ、ここから書くんかいな。長くなりそうだから途中省略。(爆♪)

「ネイティヴ」つまり、原住民は「ケルト人」。そこへ、侵略者達が押し寄せて来る訳だ。
バイキング! 8世紀から300年以上に渡って、西ヨーロッパ沿海部を侵略したスカンディナビアの武装船団(海賊)である。しかし、1014年 アイルランド上王(High King)ブライアン・ボルーがクロンターフでヴァイキングを破り、これ以降ヴァイキングの侵入が収束する。 が、その勢力は拡大し、単独では国を守りきれないと感じた豪族達は、1171年にイングランド王・ヘンリー2世の支配下に下った。うん、そう言っても本当は協定による、一時回避だったはずなのね。

でもそうなると、でかい顔して来るのはイングランド王のヘンリーさん。ヘンリー8世の代になると、オレがこの国の王様であると、1542年にアイルランド王を自称する。そう、自称ね。自称と言うのは自分で勝手に言ってるだかだから、アイルランド貴族は認めてはいない。するとどうなるのか?

当然、認めろ! 認めない! とゴタゴタ始まっちゃうんだけども、そんな最中、1588年イギリスがスペイン海軍を打ち破ってしまった。イギリスの海上帝国の時代が始ってしまった訳ね。こうなると、アイルランド貴族もイギリスに対して手出しが出来なくなり、1652年イギリスの大将・クロムウェル護国卿がアイルランド平定。事実上の植民地化・・・

うん、こんな歴史的経緯があって、現在でもアイルランド島の南側6分の5はアイルランド共和国、北側の6分の1はイギリス領になっている。

何となくはわかった? でね、ちょっと私は面白い事に気がついた。
アイルランドの首都は「ダブリン」、言語は第一公用語が「アイルランド語」、第二公用語が「英語」と言う事になっているのだが、現実的には一般的に「英語」をつかっている人が多い。最初にタイタニックの話から始まったじゃん? レオナルド・デカプリオの映画の「タイタニック」は知ってるよね? あの映画の色々なシーンを見てると、英語じゃない言葉を話してる人達がいるのね。主に労働者階級の平民。

デカプリオ扮するジャックと相棒が、有り金全部賭けてポーカーをし、タイタニックの搭乗券をゲットするシーンとか、賭けをしている相手は、アイルランドの地元民、だから話してる言葉も英語じゃなくて、アイルランド語なの。言葉は通じなくても、ポーカーはできるんだね。(爆♪)

でも見方を変えると、平民はアイルランド語、支配者層は英語。
そんな所に歴史的背景が見え隠れしてる。

さて、もうちょっと話を渡辺理緒さんの新作の近くへ持って行こうか。
タイトルが「アイリッシュ・フェアリー」と言う事になってます。

このタイトルは、珍しく玉さんが「これにしようよ!」とプッシュ♪して決まった。
邦題にすると「アイルランドの妖精」と言う意味ね。ピッタリとハマってるよね。

でね、このアイルランドって国には神話がとても多くて、妖精誕生の地でもあるの。
フェアリー(英:fairyまたはfaery)は、妖精の事で、神話や伝説などに登場する気まぐれな存在で、絵画や文学では羽をもつ非常に小さな人型の姿で描かれている。フェアリーという言葉は彼らが住んでいると言われる場所の名前・フェアリー(Faerie)に由来しているそうな。神話というものは、さまざまな文化や環境にあっても、共通する面があるのと同じように、フェアリーもまたさまざまな名前や姿形をとって現れる。

とするとですよ? 今回の作品の中で渡辺理緒さんが演じている「妖精・フェアリー」は一体何なのか、誰なのか? そう考えてみると・・・ 居た♪ この妖精にしよう。

ダグダとボアーン(ネフタンの妻)の間に生まれた子。
ボイン河の畔にある妖精の丘の王、愛と若さと美の神・オイングス。アイルランドの神話「フィン物語群(オシーン物語群)」に出て来る。なんかピッタリときそうな感じ。(爆♪)

まぁ、でも神話って大した話は書いてないので、「ボイン河の畔にある妖精の丘の王、愛と若さと美の神・オイングス」ってイメージだけをレポの中では借りる事にして、作品中に登場して来る一風変わったあのダンス、「アイリッシュ・ダンス」についてもちょこっと勉強してみましょう。

【アイリッシュ・ダンス】

取り合えず、みなさんはこの「アイリッシュ・ダンス」と言うダンスを見た事がありますか?
どんなものか見た事がないと言う方は、今からレンタルビデオ屋へ行って、「タイタニック」のビデオを借りて来て下さい。二本組のヤツだと前半のテープの中に、アイリッシュ・ダンスを踊っているシーンがありますので、こ〜ゆうヤツかぁ〜♪ って感じで参考にして下さい。

えっとね、テープをデッキに入れて、1時間6分40秒くらいの所から始まる。
場面で言うと、ジャックがローズにメモの紙をさりげなく渡し、ローズがそのメモを見る。
「今を大切に。時計台のところで待っている・・・」と言うシーンの後の部分ね。
曲もアイリッシュ・ダンスの曲なので、具体的にどんな感じなのか参考になるはずです。

さて、アイリッシュダンスって一言で言うと何かといえば、アイルランドのダンス。(笑)
これは、みなさんも良くご存知のフォークダンス、マイムマイムとかの原型だったり、タップダンスの原型だったりと、このアイリッシュ・ダンスを源として発生したダンスは色々あるらしい。

で、色々なダンスの源になっているくらいだから、ステップの種類も数が多いようで、

■最も古いベージックな、昔のスタイルで全身を自由に使って踊る「シャンノース」

■フォークダンスの素になった「セットダンス」

■数人のダンサーで輪になったり、8の字を描いたりする「フィギュアーダンス」

■伝統的に伝わって来た「トラディショナルダンス&ミュージック」

■上半身は一切使わないで、足だけで踊る「ステップダンス」

■イギリス兵に窓越しに見られても分からないよう腕の動きだけをしない「オールドスタイル」

■ステージ用に競技用に発展した高度な足さばきの「モダンスタイル」。上半身はビシッときれいに固定して足の動きだけで観せる為の工夫がふんだんに盛り込まれる。

■靴底がやわらかいシューズで、女性用はとても可愛らしく靴底はバレエシューズとそっくり。男性用のシューズはジャズシューズにヒールがついたもの。だから男性はソフトシューズのダンスを踊るとき時折ヒールを当てて音を出す。「ソフトシューズ」

■しっかりとしたシューズで、つま先とかかとの部分に音の出る素材がついてる。その素材と言うものはグラスファイバーやプラスティック。ハードシューズのダンスがアメリカに渡ってタップダンスになった。「ハードシューズ」


おおよそ上のようなものが、アイリッシュ・ダンスと言う物にはあるそうだ。

では、渡辺理緒さんが今回の作品の中で踊っている、アイリッシュ・ダンスをモチーフにしたステージでは、一体どんなステップをしているのかと言うと、「モダンスタイル」の「ステップダンス」と言う分類になると思われる。
しかも、かなり自由なステップやフォーメーション、それに加えてアームス(腕振り)を使った作品として観る事が出来る。これはもう、渡辺理緒の“モダンスタイルのアイリッシュ・ステップダンス”と言うオリジナルなカテゴリーとして分類される作品と言っても過言ではないだろう。

さぁ、もうお勉強はこの辺りにして、次回は渡辺理緒さんの究極のストリップ・アイリッシュ・ダンスをじっくりとレポって見よう。

ニュー道後ミュージックのお正月スペシャル興行、トリのステージを努めるのは、ニュー道後ミュージックが誇る「ストリップの女王・渡辺理緒」である。

「渡辺理緒」と言えば、宝京子、寿美さくら、雅麗華、仙葉由季などなど、名だたるストリップ界の伝説的踊り子達と、堂々と肩を並べる踊り子に成長したと言って良い。

しかしながら、それらの殿堂入り踊り子達と、渡辺理緒との「決定的な違い」が一つだけある。
それは一体何だろうか。これは非常に大切で、重要な事だ。

渡辺理緒のすぐれたところは、一人、踊り子がステージで素晴らしいダンスを踊ると言った事だけではなく、渡辺理緒を中心として、すぐれた踊り子を育て、パワフルな踊り子仲間と提携し、有能なスタッフを生み出した事だ。それは「渡辺理緒プロジェクト」と呼ぶにふさわしいものである。

渡辺理緒がステージに立ち、踊ると言うだけで、何人もの踊り子、スタッフ達がシンクロして動くのだ。渡辺理緒を楽屋から支えるスタッフ、客席からステージを支えるリボン職人、タンバリン部隊、ビデオ班、スチール撮影カメラマン、手拍子で支える手拍子班、ネットからウェブで支えるウェブ班。

「渡辺理緒」と言う踊り子に最高の環境で、最高のステージを踊らせたい。そしてその最高のステージを記録に残し、後世に伝えたい。そんな強い想いで、多くの人々がスタッフとして、みずからの意思で行動する。それが「渡辺理緒プロジェクト」なのだ。

そして今年も「渡辺理緒プロジェクト2006」がうなりを上げて動き出したのだ。

「もずさん、二曲目のタンバリンは考え物ですよ。」

「どう言う事? むずかしいリズムの曲なの?」

「むずかしいのは一曲目の曲。Sさんも途中で合わなくなって、四苦八苦してた。」

「へぇ〜、あのSさんがねぇ・・・」

「一曲目はすごく編集してあって、リズムがコロコロ変わるの。手拍子さえ誰もついて行けない。
 でもね、それよりも、二曲目ですね。リオさんが靴を鳴らしてステップ踏んでるから、タンバリンを
 叩くのは非常に微妙。多分タンバリン叩くより、フラメンコみたいに、手拍子でリズムを刻んだ方が
 合うと思うよ。」

「はぁ〜、そう言えばSさんもBBSでそんなような事、書き込みしてたねぇ?」

「うん、とにかく今回の新作は、ストリップの概念を打ち破る、斬新な作品と言えるかな。」

「ほ〜ぅ、よくわかんねぇけど、とにかくすごいって言う事ね。(笑)」

「うん、異色と言うのか・・・ あっ! 始まりますよ!」

ふむ、なんかイメージが良くわかないが、論より証拠、自分の目で確かめるしかないな。
汗ばむ右手ににぎりしめたタンバリン。今回はシモテの後ろの立ち見席で、ステージ全体を見渡すポジションにスタンバイする。暗転していたステージに赤いライトが灯り、規則正しく並ぶ光の玉が、客席へと放たれはじけ飛ぶ。

ハープのアルペジオが甘くリフレインする。それにヴァイオリンのフレーズが上書きされるように鳴り響く。アイルランドの森に立ち込める夕霧の中から、何者かが現れる予感と胸騒ぎ。その気配はしだいにこちらへと近づいて来た! 味方か敵か! それも・・・

アイリッシュ・ミュージックの旋律は、連続した音数の多い、リズミックでメロディアスなものである。16分音符、32分音符が休符を入れずに、止め処も無く鳴らされるのが特徴的である。そんなアイリッシュ・ミュージックを背景に、渡辺理緒はモヤの立ち込める、アイリッシュの森の中から姿を現した。

静々と音もなく現れた渡辺理緒は、ステージの中央へと時計回りに回りながら、遠くを見渡す。
眼にまばゆいアイリッシュ・グリーンのドレスと同色の羽の冠。その立ち居振る舞いは謎めいて不可解。私はその素性を探るように、渡辺理緒を凝視しながら思考を巡らす。

 写真は・・・ 使わない・・・ 使ってるじゃん!(爆♪)

 妖精だ! こ、これはアイルランドの妖精だ!
 どうしてそれが判る? だって、タイトルが妖精って・・・(爆♪) 
 左はリオ・バトラーのDVD。秘密はこの中にある。

 アイリッシュ・フェアリー渡辺理緒は、アイルランドの森から現れ、
 村上春樹はノルウェーの森から現れる? うむ、マニアックだ。(笑)

 渡辺理緒は両腕を左右にゆっくりと広げると、曲の調子がガラリ!
 と変わり、ズッタ、ズッタ、ズタズッタン! とドラムの激しいリズム
 が叩き出された。

 渡辺理緒は、その腕のところから長く伸びる白い振袖をひけらかすような様子で、それを振り回して妖精ダンスを踊り出す。するとBGMの曲調がまた変わり、タ〜タタ〜、タタタ、タ〜タッタタ〜と、明るいメロディー♪ するとすぐにまたドラムがズッタ、ズッタ、ズタズッタン! と繰り返す。
これかぁ〜、これが噂のタンバリン泣かせのリオサウンド編集テクニック! 恐るべし・・・

隠居の身でありながら、必死でタンバリンを叩きBGMサウンドに食い下がるリオスタッフ・タンバリン班の私。そんな私を知ってか知らずか、渡辺理緒はアイリッシュ・グリーンのドレスを優雅にさばながら、妖精ダンス。

この時点ではまだ普通に妖精ダンスを踊っているので、噂のアイリッシュ・ダンスは踊っていない。
どこで出てくるんだ、噂のアイリッシュダンス!

クルクルと回りながらステージへと戻って行き、一曲目のエンディングに合わせて、両袖で顔を隠すようにポーズを取り、背後から赤い照明を浴び、その赤い光の中で一曲目は終わった。小耳に挟んだ場内情報では、本日は十四ミュージックの天才照明と言われる先生が遊びに来ており、道後の投光さんはビビリなが・・・いや、相当気合入れて照明のスイッチングをしていると言う話である。(笑)

さて顔を隠したポーズのままステージで立っている渡辺理緒、そしてすぐに二曲目のイントロが流れ出す。♪チャ、チャ〜チャチャン! バイオリンの奏でるフレーズ、と言ってもクラッシックのそれとは違い、フィードルバイオリンの音色に近い感じのバイオリンの音。フィードルバイオリンと言うのは、よくカントリー&ウェスタンミュージックなどで聞かれる、ワイルドな気持ち先行のバイオリンの奏法の事である。

民衆の生活の中で培われた、力強い音色のバイオリンが二曲目のイントロを弾く。
渡辺理緒は顔を覆っていた腕を下ろし、右手だけをゆっくりと肩の位置まで持ち上げて行く。すると、反対の左手でさりげなくドレスの太もも辺りの部分をつかむと、ほんの少したくし上げる。足元が見えやすくなる。と、言う事は・・・

バイオリンの弾くリズミックなフレーズに合わせて、渡辺理緒は黒いアイリッシュ・シューズの靴底を道後ミュージックの床向け、力強く踏み鳴らした!



タン、タン! タン、タン!  タ! タ! タ! タ! ・・・・♪

これか! 噂のアイリッシュ・ダンス! そうしながらシモテの端までサイドステップを踏みながら進み、次に両腕を広げながらそのまま今度は、カミテへとサイドステップで進む。さらに端までたどり着くと、ゆっくりと客席へ背中を向け、頭上高く腕を持ち上げると、ドレスの脱ぎに入る。

その間、場内の手拍子がチャン! チャン! とリズムを刻み続け、誰もが渡辺理緒の一挙手一投足に、神経を集中させている事が良くわかる。こんなにお客の集中力が高まっているのは、なぜなのだろう? 私はむしろ場内のお客さん達の様子を観察してみる。

場内にいるお客は、一見さん、浴衣姿の温泉客、道後の劇場常連客、応援隊の遠征組と言うところ。そんな烏合の衆が、渡辺理緒をじっと真剣に見つめている。私の目から見てると、衣装の脱ぎに入っている渡辺理緒に対して、手拍子をしながら、早くその先を踊ってくれと、待ちわびているように見える。

これはすごい事だ! 温泉場の劇場なのに、客席が一体となって渡辺理緒が踊り始めるのを、今か今かと真剣に待ちわびている! 浴衣の温泉客までもが? 信じられない! 渡辺理緒のステージでこれから始まるショーに対して、何かよそでは見られない、特別な事が始まるんだと言う、期待感に充満しているのだ。

渡辺理緒はアイリッシュ・グリーンのドレスを脱ぎ捨てると、真っ白なショートドレスになり、じっくりとカミテ方向を見据え、体勢を整えると左手をこしに当て、左足のヒザを曲げて一歩前へ。曲のリズムを聞きながらタイミングを図り、ピョコン! と一歩飛び跳ねるようにしてから、そのままの状態でステップを踏み出した。

左足のヒザを曲げ、右足と背筋はスッ! とまっすぐ伸ばし、手は腰に・・・

左足のつま先を床に着け、右足の足の裏全体で安定を図り、一歩、一歩とカミテへとステップを踏みながら進んで行く。手拍子がジャン! ジャン! とリズムをきざむと共に、お客達の視線が渡辺理緒の足元に集まっているのが良く判る。

ステージの中央へと進んで来た渡辺理緒は、そこで客席正面へと向き直り、左手を腰に当てたまま右足を前に、左足を後ろへとクロスさせて、アイリッシュ・ダンスの基本スタイルをとる。両足ともつま先を大きく外側へと向けた、そのスタイルは、バレエダンサーのようなポーズとなるのだが、右足で床を踏んでリズムを刻んでいるので、バレエとはまた少し違う様子。

さぁ〜! いよいよここから渡辺理緒のアイリッシュ・ダンスが始まる!

渡辺理緒は神経を研ぎ澄ませ、眉間に集中させる。左腕を腰に当てたまま、視線を水平に!
白いショートドレスから伸びる、黒いストッキングの脚がクロスする脚線美!
その先には、黒いアイリッシュ・シューズがピッタリとフィットしている。

まずはアイリッシュ・ダンス・カテゴリーの中から足だけを使って踊る「ステップ・ダンス」から始まる。ずっと足をクロスさせたまま、足を 1 1 と踏み鳴らすようにして、ステージを中央へと進み、到着するとその場所でタイミングを図って、ゆっくりと時計回りに半回転、背中を向けたところでピョコン! と飛び上がって足を左右入れ替え、同じスタイルでまた 1 1 とステップを踏む。

すると今度はそこからシモテへと足を踏み鳴らしながら平行移動。
しまった! 紅茶を机にこぼした! あぁ、こっちの話・・・

シモテへと足を踏み鳴らしながら平行移動。けたたましく奏でるバイオリンの演奏。
端までたどり着くと、折り返しもう一度飛び上がって足を入れ替え、音楽が変わって踊りも変わる。
ジャ〜ン! ジャ〜ン! とBGM が鳴り、渡辺理緒は右腕を振り上げて、アイリッシュ・ダンス・カテゴリーの「ハードシューズ・スタイル」と「シャンノース・スタイル」をミックスしたダンスへと突入した!

これは、右腕を横に肩の高さまで持ち上げ、そのままのポーズで下半身だけを右に、左にと交互にひねるようにして、片足ずつ大きくステップを踏む。その際、靴底で強く床を鳴らし、音を出す。そしてそれを何度か繰り返す。この時の客席の様子が実に面白い。

渡辺理緒がカーン! カーン! と靴を床にたたきつける時、お客達の手拍子にきちんとアクセントがついているのだ。ジャン! チッ、チッ、チッ。ジャン! チッ、チッ、チッ・・・ ワン! ツー、スリー、フォー、ワン! ツー、スリー


 フォ〜!















と、お客達は渡辺理緒の足のステップに合わせ、アクセントをつけながら手拍子を打っている。それは場内の一人残らず、浴衣の温泉客もである。

なんて素晴らしいんだ! すべてがシンクロして一体化している!

すると渡辺理緒は、客席に背中を向けたかと思うと、両腕を広げながらその腕を頭上に運ぶ! そして正面に向き直ると、次にその腕を背中の後ろ、腰の辺りへ回した。ハイテンポなリズムの新たな展開だ!

上半身はビシッときれいに固定して、足の動きだけで観せる高度な技、アイリッシュ・ダンス・カテゴリー「モダンスタイル」でのステージとなる。これはこの作品での一番の見どころだ。やはりこの「モダンスタイル」と言うダンススタイルが、これぞ「アイリッシュ・ダンス!」と言うイメージを、ビシビシ! と伝えて来る。

渡辺理緒の見事な足さばきに興奮したお客は、これまでにも増して力強く手拍子を打っている。
この「モダンスタイル」の基本的な動きは、やはりバレエに近いものがあるが、ヒザを曲げて振り上げる動き、足のつま先とカカトをうまく使い分けて、タップダンスのように靴音を立てて踊る動き、そしてそんなステップ踏みながら、クルクルと回りながら踊る動き、水平移動する動きを組み合わせて、かなり激しい足元のダンスとなるのだ。

しかしそれに反して、上半身は腕を背中に組んだまま、ピクリ! とも動かさない。これが「アイリッシュ・ダンス」なのかーっ! 見ていてもものすごい緊張と興奮、これぞダンスだと叫びたくなる程の素晴らしさだ。

マジでこれはみんなにも見てもらいたい! こんな私の書くレポなんて読んでいる場合じゃないぞ!
渡辺理緒の緊張した顔の表情、時折足元に落とす視線、揺れるポニーテールに結んだ髪、ダンスだけでなくどれ一つとっても、見逃せない、これまでに見られない渡辺理緒のステージを、ぜひ! ご自分のその眼でご覧いただきたい!

BGM に急き立てられるようにステージの上で、花道で、そして盆の上で踊り続ける渡辺理緒は、何者かに憑かれたようにステップを踏み続け、盆からステージ中央へと帰って来た。

曲がエンディングを向かえ、渡辺理緒のアイリッシュダンスもラストシーン。
歯切れ良くビシ! としたエンディングでフィニッシュ!

アイリッシュの森の奥深くから、渡辺理緒に呼びかけるような笛の音。その歌うような笛の音にはっ! とアイリッシュの森を振り返る渡辺理緒。アイリッシュ・ダンスの余韻を残すような足取りで、カミテへとゆっくり進んで行く。そして背中を向けると、白いショートドレスの背中のジッパーを半分ほど引き降ろし、幕の中に消えた。

誰も居なくなったステージに照明と、狼の遠吠えのような笛の音がこだまする。
しばらくそのままの状況が続く・・・ ここはかなり長い間合いが入る。ちょっと退屈だ。トイレに行こうと思っていた人は、ここで行くと良い。混み合ってなければ、十分用を足す時間がある。(笑)

さぁ、遠吠えの曲が終わると、場面転換の第二景とでも言うのだろうか、渡辺理緒が踊っている間に、日はとっぷりと暮れ、アイリッシュの森に夜のとばりが降りていた。うむ、やはりあの遠吠えの声は、日が暮れるから早く帰っておいで〜♪と言う、渡辺理緒を呼ぶ声に違いない。

ステージはそんな夜のとばりが降りて、真っ暗になったアイリッシュの森。
これから妖精たちの夜のミサが始まる・・・ のかも知れない。

カシオペア座を模した照明の配置が変化し、うす赤い4点照明の光がじっと動かずに灯っている。
場内に聞こえてくるウィーン少年合唱団のような歌声。映画「戦場のメリークリスマス」に登場するデヴィット・ボウイのいじめられっ子の弟が、回想録の中で歌うその歌に似た感じがする。映画見た人じゃないと判らないか(笑)

聖なる歌声、妖精たちの賛美歌の合唱と言う方が、的を得ているかもしれない。
心静かに聖なる夜を向かえ、妖精たちは何に祈りを捧げるのか・・・



おごそかな雰囲気の広がるステージに、渡辺理緒がカップキャンドルを両手に持って出て来た。
やはりこれから妖精たちのミサが行われるようである。

聖なる歌声、妖精たちの賛美歌の合唱と言う方が、的を得ているかもしれない。
心静かに聖なる夜を向かえ、妖精たちは何に祈りを捧げるのか・・・
おごそかな雰囲気の広がるステージに、渡辺理緒がカップキャンドルを両手に持って出て来た。
やはりこれから妖精たちのミサが行われるようである。

赤い照明の光に、包み込まれるようなシルエットをステージに映し出す渡辺理緒。
そもそも「妖精」なるものは何かと言うと、自然界に存在する物に宿る精霊とでも言おうか。
おとぎ話や伝説の中に登場するのだが、ではそれは架空の存在なのか? いや、それは違う。

今言ったように、「自然界の物に宿る精霊」であるから、実存する姿・形が無いだけだ。
「魂」や「エネルギー」「意思」と呼べるものであり、自分に物質的な固体としての体と言うものが無いから、木や森や、水や川や海、石や山や大地のような、みずからの意思を持たず、物体としてのみ存在する物の固体に宿り、現実的な作用を起こす訳だ。

簡単に言うと「ヤドカリ」みたいなもんよ。(笑)

なに? 妖精は小人みたいに小さくて、背中に羽根がはえてるのが一般的なスタイルだって?
はははっ♪ 甘いな、甘いよ。 元々そのような人間みたいな姿の妖精ってのは、でかかったんだよ。
普通の人と同じくらいか、巨人みたいな、でかい奴もいたんだ。でもね、人間が知恵を持つようになり、科学なんて事を言い出すと、自然崇拝と言うか、「恐れ」と言うものを感じなくなる。すべて科学の力で解明できるなんて、おごり高ぶった物の考え方をするようになった。

で、古代から近代へかけて人間は恐れを知らなくなる。つまり元々妖精イコール自然なのだから、近代・現代の妖精が小さく描かれるようになったのは、人々の心の中に自然への恐れ、自然への崇敬の念が薄れて行ったために、人間の頭の中のイメージがしぼみ、妖精大きさが、だんだん小さくなってしまった訳だね。

つまり「妖精」は、人々の自然に対する意識を比喩していると言える。だってそうでしょ? 怖いものって大体は、「でかい」ってイメージがあるでしょ? 「得体が知れない」とか。怪物、怪獣、キングコングとか、でかくて得体が知れない物って、でかく描かれる。なのに「妖精」はいつの間にか、小さく描かれるようになった。人間がいかに自然と言うものに対して、おごり高ぶっているのか理解できるよね。

さて、話をステージに戻そう。

アイリッシュの森の中で、妖精たちの聖なるミサが始まった。妖精たちは両手にキャンドルの明かりを灯したガラスのカップを持ち、声高らかに賛美歌を合唱している。すると! そんな妖精たちの輪の中から、一人の妖精が手に持ったキャンドルのカップを床に置き、飛び出した!

何が起きたのか、驚いた妖精たちの歌声が止まる。

じゃん! ジャン! ジャ〜 ジャン! BGM は、これまでのおごそかなミサの雰囲気を破壊するように変化する。ドンタカ! ドンタカ! 激しく打ち出される小太鼓、何が起きた! 何が起こった! と言う様なニュアンスのコーラスが、その狼狽振りを示し、妖精たちが口々に言い合っている様子を伝えてくる。そりゃぁ〜もう大騒ぎ!

渡辺理緒扮する妖精は、黒く小さな羽根を背中に逆立て、ステージの中央にスク!っと立ちはだかる。二の腕からはラッパのようなスソ広がりの、大きくシースルーになった袖が羽衣のごとくたなびき、それと同様の生地でマフラーのように首の周りをひと巻きして、腰まで垂れ下がる長い丈のクロス。そして黒エナメルの編み上げのロングブーツと言うスタイル。

穏やかな妖精から、突如豹変した魂の荒振る黒い妖精。

アイリッシュの森の厳しい戒律に反発した妖精が、反乱を起こす。アイリッシュの森に伝統的に伝わる戒律は、自然界と妖精たちが共存するためにあるものであり、それを厳しく守る事が妖精たち自身を守る事になり、さらにアイリッシュの森を守る事につながる。

だがしかし、それを不自由と感じ、反発したのが妖精・渡辺理緒であった。
昼の世界と夜の世界とでは、支配者が異なるのだ。日の出から日没までは白い妖精、日暮れから夜明けまでは、闇を支配する黒い妖精、そしてその昼と夜を統括しているのが、一番最初に登場したアイリッシュ・グリーンの美しいドレスを身にまとった、ダグダとボアーン(ネフタンの妻)の間に生まれた子、ボイン河の畔にある妖精の丘の女王、「愛と若さと美の女神・オイングス」なのである。
(覚えてる? 事前勉強会レポに出て来たよね)

争いを好まない昼間の世界をつかさどる白い妖精の中にあって、一人戒律に反逆した妖精は、激しい勢いとヴァイオレンスで、荒振る魂にまかせて妖精たちのミサを混乱させた。

白い羽根のようなソデを振り乱し、足を蹴り上げ、だれかれなしにからみ、攻撃的な態度で暴れまわる。手の着けられない激しさで、騒ぎを拡大して行く。周囲の妖精たちからの制止を振り切り、巨大なトルネードが地上のあらゆる物を空高く巻き上げていくありさまである。

しかし、どんな竜巻でもひとしきり吹き荒れた後は、力尽き消滅するものである。
荒振る魂を呼び覚まし、暴れていた妖精にも突然その時はやって来た。狂気の魔力によって反逆に及んだ妖精は、突如として力を失い、ヒザから崩れ落ちるようにして、大地に伏せ込んだ。暴れるだけ暴れて、ふと我に返ったのか、頭を片手でかかえ、座り込んで苦悩する。

「自分は何て言う事を・・・ 大変な事をしでかしてしまった!」

事の重大さに恐れおののき、ヘタリと座り込みながら背中をのけぞらせ、あとずさりをするように後ろへズルズルと手を着いて引き下がる。BGMはクラッシックギターの繊細なアルペジオで、物悲しげに鳴っている。

すると自己嫌悪からか、そのまま後ろ手に立ち上がり、再び腕を振り上げまた狂おしく踊り出すのだった。この荒振る魂の踊りを踊る渡辺理緒は、これまでどの作品でも見せた事の無いドラマチックなダンスを展開している。それもそのはず、渡辺理緒が「どうしてもこの曲で踊りたかった」と語る、彼女のお気に入りの曲とダンス。道理で気合が込められてると思ったよ。みなさま、この場面も絶対おススメの場面なので、もしこれからこのショーを見る機会がありましたら、渡辺理緒の踊りに特に注目して見てあげて下さいね。

踊り終えた渡辺理緒は、ステージの中央でまたしてもワナワナと震えながら、背中を見せてその場へとへたり込む。すると? おや、これは前の場面で聞いたな?

「アイリッシュの森の奥深くから、渡辺理緒に呼びかけるような笛の音。その歌うような笛の音に
はっ! とアイリッシュの森を振り返る渡辺理緒。」

語りかけるような、落ち着いた不思議なこの笛の音のような声、一体この声の主は誰なんだ・・・
そう、この不思議な声の主こそ、昼と夜の世界を統括している、一番最初に登場したアイリッシュ・グリーンの美しいドレスを身にまとった、ダグダとボアーン(ネフタンの妻)の間に生まれた子、ボイン河の畔にある妖精の丘の女王、「愛と若さと美の女神・オイングス」だったのである。

一人の心乱した妖精の姿、その騒ぎを見て心痛めた「愛と若さと美の女神・オイングス」は、怒りではなく偉大なる「愛」を以って、その妖精・渡辺理緒へと手を差し伸べたのだった。「愛と若さと美の女神・オイングス」は荒振る悪しき魂と、過ちに気がついて自己嫌悪に陥った妖精を救うべく、やさしい光を放つ二つのキャンドル・カップを改めて妖精・渡辺理緒へ授けたのである。

妖精・渡辺理緒は黒く背中に逆立った羽根を捨て去り、白い衣を身にまとっている。そしてその左右の手にはキャンドル・カップを持っていた。ゆらゆらとほのかにそのキャンドルの炎は揺らぎながら、夜の闇の中で希望の灯りを灯している。

なぜ右手と左手にそれぞれキャンドル・カップを持っているのか? ちゃんとこれには意味があるのだ。右手のキャンドルは太陽を意味し、左手のキャンドルは月を意味する。つまり昼と夜、この世の自然の摂理。地球上で生きとし生けるものは、すべてこの昼と夜のサイクルの中で生きている。誰もそのサイクルから逃れる事は出来ないのだ。

「愛と若さと美の女神・オイングス」は・・・

「汝、みずからを知り、この世に生かされる事を知りたもうや。」

と問いかけ、その意味を暗示しているのである。
この世は太陽の輝くばかりでも、満ち欠けする月の灯りばかりでも、誰も生きてはいけないのだ。
自然の摂理を乱し、身勝手に生の営みをまっとうする事は、ありえないのだと暗示する。

そして、キャンドルに灯る炎には、けがれを滅し、悪しきをはらい清めて浄化する作用があるのである。歴史的にみても、戦争の炎によってすべてを焼き尽くし、そこからまた新しい道が開かれると言う史実が、幾度と無く繰り返されている事を振り返れば、それはゆるぎない事実である。
草や木を炎で焼き、その灰が生命の養分となって焼畑農業が行われるのだ。

「愛と若さと美の女神・オイングス」は、妖精・渡辺理緒にキャンドル・カップを授ける事により、荒振る魂を焼き清め、自然界の摂理とはいかなるものかと言う事を啓示したのだった。

妖精・渡辺理緒はいくつかの照明が放たれるステージの上で、手に持った二つのキャンドル・カップの距離を広げたり、つぼめたりを繰り返しながら、盆へと歩いて行く。そして盆の中央に立つと、清々しい気持ちでくるりと一回りすると、微笑して水平に方の高さで腕を広げ、そのまま背中を大きく反らし、ブリッジしながらトロ〜リと温められたバターが溶けていくように、盆に倒れ込んで行くのだった。

ここからが私が一番注目する、渡辺理緒のベットショーとなる。
見る人により注目する場面は異なるかも知れないが、この作品で見せる渡辺理緒のベット演技は、過去のどの作品よりも、比較にならないくらい素晴らしいものであると、私は思っている。この作品のベットはマジですごいぞ! 凝りに凝りまくっている。細かい動き、演出、構成、しかもダイナミックな技と、実に巧妙と言うか渡辺理緒の確かな技術と、センスの良さに裏打ちされた、圧巻のベットショーなのだ。ではいくぞ!

太陽と月とを表す二つのキャンドル・カップを右と左、それぞれの手に持った渡辺理緒は、回る盆の上で立ち、カップを天に向けて捧げ奉る。そして静かに背中をのけぞらせて行く。じわぁ〜 っとした滑らかな動きで、深く、どこまでも深く地にもぐるかのように、渡辺理緒の背中は湾曲し、長い髪はサラリと肩から滑り落ち、床の上に黒い髪の川を描いている。

ついに渡辺理緒の頭が床に着く。そして床につけた頭はそのまま先へと進み、徐々に背中が伸びて行き、盆に完全にはべり、高く掲げていたキャンドル・カップへと、お客の視線を誘う。二つの灯りをともしたキャンドル・カップは、丸みを帯びて光る、まるで宇宙空間に漂う惑星のように見える。

直接的なスポットライトの無い、ステージスクリーン前からの青白い照明だけが、間接照明として投げかけられ、その中で渡辺理緒は両手を伸ばして持つ、キャンドル・カップを意味深げに動かし、笛の音だけが静かに鳴っていると言う場面だ。

これは空間演出とでも呼んだらいいのか、おごそかと言えばおごそかであり、怪しいと言えば怪しいとも思える不思議な時のない空間と思える。創作舞踊家・渡辺理緒の精神世界の表現なのかも知れない。私には混沌とした宇宙空間で、様々なものが細胞分裂し、やがてそれらが、新しい生命の誕生へと進んで行くのだとイメージした。

「愛と若さと美の女神・オイングス」の祈りの声、笛の音が鳴り止むと、一瞬無音のブラックホールが大きく口を開けたかと思えるほど、静かな状態の中で渡辺理緒の気配だけがする、と言う感覚。
「心頭を滅却すれば、火もまた涼し」と言う快川禅師の言葉を借りて言うと、強く心に念じる事があるならば、たとえ炎の燃え盛る中に身を投じても、常に自分は冷静であり続け、見苦しくもだえ苦しむような事は何一つ無い。まさに「悟り」の境地か。

荒振る魂に身をゆだね、アイリッシュの森の戒律の持つ意味を不服とし、見苦しい反逆劇を引き起こした一人の妖精・渡辺理緒。今この闇に支配されたアイリッシュの森の中で、「愛と若さと美の女神・オイングス」から授けられたキャンドルの炎によって、妖精・渡辺理緒の荒振る魂は清められ、生まれ変わろうとしていた。

場内にハープのアルペジオが甘くリフレインする。それにヴァイオリンのフレーズが上書きされるように鳴り響く。アイルランドの森に立ち込める夜霧の中から、何者かが現れる予感と胸騒ぎ。その気配はしだいにこちらへと・・・

盆の上で仰向けにじっと横たわっている妖精・渡辺理緒が背中をのけぞらせるようにして、ムクリ! と動き出す。そして上半身を完全に起こすと、キャンドル・カップを宙に泳がせながら、その腕を胸の前でクロスさせる。ひとしきり、夢から目覚めたようなしぐさでうつむき、首をぐるりと回し、キャンドル・カップをもて遊ぶようにした後、両腕を広げて背筋を伸ばす。さらにそのまま横になって片ヒザを立てて、寝そべる。

ドンタカ! ドンタカ! 激しく打ち出される小太鼓、何が起きた! 何が起こった!BGMが急に太鼓の打ち鳴らす激しいリズムのものに変わり、横に寝そべっていた渡辺理緒は、右手のキャンドル・カップを高く持ち上げた。すると、一気に照明が渡辺理緒に浴びせかけられたかと思うと、BGMの曲調がまた変わり、タ〜タタ〜、タタタ、タ〜タッタタ〜♪ と沈んでいた太陽が、朝日としてアイリッシュの森をまばゆい光で照らすように鳴り渡る。夜明けだ!

渡辺理緒は右足を空に向け、高く突き上げる! 暗く混沌としていたステージの様子が、明るく一気に広がる。それはあたかも渓谷の激流を下るボートが、うねり逆巻く川の難所を抜け出し、視界の利く果てしなく広い海へと出たような安堵と安らぎの情景のようである。

渡辺理緒は伸び伸びと手足を広げ、その喜びを体で表現する。
ここまでを読んで、賢明なる読者のみなさんは、もう気がついただろうか。
そう、BGMはすべてショーのオープニングの曲である。
こんな構成のベットショーって、見た事ありますか? ないでしょ?
でも渡辺理緒って言う人は、こんな事もやっちゃう人なんですよ。

オープニングからアイリッシュダンスのファーストステージで使った曲。でも、それで盆の上で座ったままの状態で、腕を大きく広げて衣装のソデの部分を華麗にさばく、あのアイリッシュ・ダンスで全身を自由に使って踊る「シャンノース」スタイルの上半身だけの動きを踊るのだ。

しかもそれだけではない・・・

BGMのバイオリンが素早く、たたみかけるようなフレーズを弾くそのリズムに合わせて、ヒザと腕を床に着けて背中を右に! 左に! とよじり、体をのけぞらせたり丸めたりしながら、ヒザ立ちになって自由の利く両腕を、やわらかく、しかもすばやく、しなやかに振り回すと言う、とんでもないダンス!

いや、いや、それだけではないぞ、ヒザ立ちのまま盆の床に置かれたキャンドル・カップを拾い上げ、それを持って腕を広げ、前にうなだれるように体をまるめた所から、ゆっくりと体を起こして行くさまは、まるで十字架に架けられたイエス・キリストが、一人民衆の罪を背負い、祈りを捧げると言うスペクタクルなカットも挿入されているかのようで、こ、これはあまりにもすごすぎる! とあっけに取られていると、体を起こした所からさらに! ヒザ立ちになったままで背中をのけぞらせ、ブ、ブリッジ?

しかも両手にはキャンドル・カップを持っているので、手はまったく床に着く事無く、体だけで腹筋と腿の筋肉、そしてふくらはぎの筋肉を酷使する無謀とも言える大技! ブリッジした体をあおり立てる
ようにして、何度もぐいぐいと繰り返し、さらに踊る? 渡辺理緒の体が、ギシギシ! と悲鳴を上げて
きしむ音が聞こえて来るようだ。

もうこれは正気の沙汰じゃないな、何かに憑かれてるとしか言いようが無い・・・
そこまでするか! って感じだ。

嵐を呼ぶようなブリッジから立ち上がった渡辺理緒は、時計回りに一回り、黒いエナメルのブーツを履いた足を軽く前後に開き、一歩踏み込んだスタイルで、両腕を前へと突き出す。その腕の先にはキャンドル・カップ、それをまた水平に広げたかと思うと、右手のカップを高々と突き上げる!

ポーズを崩してカップを床に降ろすと、両手を広げ、背後から照らされる照明の中にシルエットを浮かび上がらせる。そして左腕! 右腕! と交互に振り上げ、狂おしいほどに体を揺さぶり、衣装の袖をまるで大空へと羽ばたく火の鳥の翼ように羽ばたかせながら、クルクルと何度も回りつつ、体にからませるように着ていた衣装を片手で素早くほどくと、それを両手に広げてステージ上に鮮やかなビジュアルを魅せる!

音楽はその音量を最高潮に高め、クライマックスの近い事を暗示させる。クルクルと回りながら踊る渡辺理緒と、それをあおりたてる音楽とが、完全にステージの上で融合し、シンクロしたと思った瞬間! 渡辺理緒は広げていた衣装をハラリ! と床に落とし、スパッ! っと切れ味良く静止して、両腕を客席へ向けて差し出し、ステージはフィニッシュ! となった。

・・・絶句。

ブラボー! もうこれは素晴らしい作品、そしてステージであるとしか言いようが無い。はぁ・・・ ため息しか出ないよ。ファーストステージのアイリッシュダンスは、話題をさらうかも知れないが、私はそれにも増してベットからのセカンドステージが、最高だと思った。ベットなのにスピーディーで、ドラマチックな展開のダンス、これはもう絶品ですね。衣装のソデを羽根のようにうまくさばき、すごくきれいで鮮やかなビジュアルを創り上げる渡辺理緒。良くみてると、腕から下がる衣装のソデを振り回しているシーンは、どのようにソデが宙を舞っているのかって、その動きをちゃんと計算して渡辺理緒は踊ってるのよ。

体を回転させるシーンでもそう。振り上げている右腕の方のソデの動きと、後ろへ下げている左腕の方のソデが、上下に二段構えになって、きれいに見えるように、後ろへ回している左腕の方のソデの動きを、踊りながら渡辺理緒は微調整してたりするんだよ? その神経の細やかさと言ったら、もう完全にストリップのステージのレベルを超えてると思うよ。参りました。いや、ホントに・・・

たった20分ほどのステージに、こんなに色々なエッセンスを詰め込んだ渡辺理緒の新作「アイリッシュ・フェアリー」は、これからも益々進化して行く作品だと思いますので、残り少なくなっている渡辺理緒さんのステージを、是非とも劇場へ足を運び、あなたのその目に、胸に焼き付けて欲しいと思います。


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