屋根裏談話室

#8 1995年 浅草夏の陣(後編)

「かぶりつき」と言う専門用語について少々解説する事にする。前回の記事の中でも触れたのだが、ストリップ劇場の舞台と言うのは一般的に本舞台、花道、盆と言う構成になっている。本舞台と言うのは言葉通りメインの舞台で一番広い舞台である。客席から舞台に向かって、右側方向が「上手(カミテ)」と呼び、左側方向が「下手(シモテ)」と呼ばれる。そして「カミテとシモテ」の端の部分にはそれぞれ「舞台袖」と呼ばれる。演者が舞台へ登場する時、舞台からハケル(引き上げる)時の出入り口となる。

そして「本舞台」の中央から客席方向に向かって伸びている廊下のような通路を「花道(はなみち」と呼び、その先端には「盆(ぼん)」と呼ばれる円形の小舞台があり、この盆の床は回転テーブルになっていて、ゆっくりと電動モーターにより回る。

昔はアフリカから強制的に連れてこられた劇場の奴隷のクンタキンテがその盆の床下に隠れていて、回転テーブルの心棒から突き出した木の棒を手で押して、グルグルと盆の床を回していた。いや、ブラックユーモアである。信じてはいけない。

話を元に戻そう。いわゆる「かぶりつき」と言う座席は、盆の周りの最前列の座席の事である。この「かぶりつき」の座席に座るお客はおおむね誰から見ても、一番スケベなお客と言う事になる。それゆえスケベ客は開場時間になったら我先にとばかりに、その座席を確保しようと場内へ一斉に駆け込むのだ。さながら「イス取りゲーム」の風情である。

さて、浅草ロック座の場内に入った私は押し寄せる他のお客に背中を押され、なんだ、何が起きたんだと驚いてあっけにとられていると、皆が一目散に「かぶりつき」の座席へと突進している事に気が付いた。そうか、そう言う事かと私も浅草ロック座の「かぶりつき」を目指し、戦列に加わった。いや、そう言う事が出来るくらい浅草ロック座の客席は広いのだ。

座席の争奪戦に参戦した結果、私は盆の正面の座敷は確保出来なかったが、それでも盆に対して右側の中央の座席を確保できた。ストリップを見るだけなのにこのすざましさは恐るべきものがあった。結局みんな出来るだけ近くで女の裸を見たいんだろなと。実は後で分かった事だが「かぶりつき」の楽しみはそんな単純な事ではなかったのだ。

開演を知らせるアナウンスが流れると、いよいよストリップショーが始まる。わくわく、どきどきが止まらない。ステージが照明に照らされると同時に複数の踊り子が一斉に踊り出す。すごい! 一人ひとり出て来て踊る訳じゃないんだ! まるで宝塚歌劇団のフィナーレのようである。まばゆい照明の中できらびやかな衣装を身にまとったたくさんの踊り子が優雅に踊っている。

私は予想だにしていなかったショーの展開を目の当たりにして絶句した。去年の山梨の石和で見たものとはまるで違う。これがストリップなのか、これが本物の・・・ 女の裸がどうの、とかそんなの問題外だと思った。こんなにも美しく絢爛豪華で上品なストリップショーと言うものは見た事が無い。と言ってもストリップ見るのは今日で2回目だが。ただただ、ステージ上で展開して行くゴージャスなショーに目を奪われ、無我夢中でひたすらのめり込んで行くばかりであった。

ここでいくつか気が付いた事があった。ここ浅草ロック座のショーは、集団的ダンスシーンがあり、その中から誰か一人が抜け出して盆へ行き、スローバラードの曲に乗せてエロチックな踊りを踊って行く。その時「かぶりつき」の座席に座っていると、盆の床に寝そべった踊り子さんが自分のほぼ目の高さと同じ位置に来る。すると踊り子さんがつけているのであろう香水の甘い香りが漂ってくる。盆の床が回転する事により、足先から頭のすべてがまじかに楽しめる。

本舞台では見えなかった踊り子さんが身に着けているアクセサリーや化粧の具合、いや何よりも踊り子さんの顔が自分の方へ近づいてくると、その踊り子さんの息遣いや、照明の光を反射する額にかいた汗もとても美しく見える。普通の生活の中で女の子のそんな顔を至近距離で見る事は無いし、そんな近くまで近づけば通報される事だろう。

開演と同時に「かぶりつき」の座席を目指して爆走するお客さんの目指すものが何かを分かったような気がする。

大勢いる踊り子の中に見た事ある人がいた。そう、いつぞやテレビで見たあの二十歳の雅麗華さんだ。あれからもう何年か経っているので今は二十歳ではないが、テレビで見た時と全く変わらずとても美しい踊り子さんだ。思っていたよりも小柄な方だ。いや、それだけだは無い。大勢の踊り子さんが踊っている中で、雅麗華さんのダンスだけが抜きに出てキレが良く、素人の私の眼にもその違いが判るのである。

そしてもう一人、しっとりとした動きで目を引く踊り子さんがいた。あの人はなんていう名前の踊り子さんだろう。その人のソロステージに私の眼は釘付けになった。盆の上で踊るその人の姿をまじかで見ている時、その人と目が合った。熱い吐息で溶かされそうになった、いやその時すでに私の心は溶けていた。

私はあの踊り子さんの名前が知りたくて、思わず隣の席にいた見ず知らずの人の肩を突っついて「すみません、今踊っている踊り子さんは何て言う人か分るでしょうか?」と失礼は百も承知で聞いてしまった。すると「なんだよ、痛てーな! あの人? 『蘭錦(らんにしき)』さんだよ。浅草ロック座の看板スター。色っぽくていい女だよねぇ~。」それだけ言うと隣の人は顔を舞台の方へ戻した。

らん・・・にしき・・・ 蘭錦・・・ 呪文のように私は何度もその名を繰り返しつぶやく。そう、その名を胸に刻むために。浅草ロック座ではこんなに素敵な踊り子さんたちが、美しい照明を全身に浴び、華やかに踊るのか。これまで思っていたストリップ劇場とは「女の裸を見せる所」と言う固定概念を良い意味で見事に裏切った。そう、ストリップ劇場とは「俗世を忘れさせ、ひと時の夢を見せてくれる所」と言う認識に変わった。

浅草ロック座だからそう思ったのか、雅麗華さんや蘭錦さんを見たからそう思ったのか分からないが、少なくとも浅草ロック座は私には竜宮城であるかのように目に映った。

仕事も夏休みで、自分にとっての夏のイベントとして浅草ロック座へ来た。そこでテレビの深夜番組で見た「雅麗華」さんを生で見た。さらにそこで「蘭錦」さんと言う踊り子さんに心溶かされた。今年は何んて素晴らしい夏休みになったのだろうか。こんなに素敵なショーが見られるのなら、また来年も浅草ロック座に来よう。きっと来よう。ストリップって毎週やってたらいいのにな。

(2020.08.12)

#5 1995年 夏・・・

#6 1995年 浅草夏の陣(前編)

#7 1995年 浅草夏の陣(中編)

#8 1995年 浅草夏の陣(後編)