屋根裏談話室

#59 愛しのカノン!(16)

16. 家族

運転席にはA氏、助手席には岩崎カノン、後部座席には窮屈な態勢でビールの青年シンジくんが座った。「ところで、私はどこへ向けて車を走らせればいいんだね? カノンさんの家なんて知らんぞ?」A氏は車のエンジンをかけてから言う。

「今、何時ころ?」岩崎カノンが隣の運転席に座っているA氏を見て聞く。A氏は左の手首に巻いている腕時計を袖をまくり上げるようにして見ると、時刻は午後12時15分を示していた。

「カノン姐さん、今の見ましたぁ? ロレックスですよ? 」そう言ってビールの青年シンジくんが笑った。すると岩崎カノンは「えっ? なぁに? 腕時計の事? あたしは今の時刻を聞いただけなんだけど。ロレックスの高級腕時計で時間を見ると何か違うの?」A氏はビールの青年シンジくんを振り返るように顔を向けて言う。

「あのな、変な所で余計な事言わなくていいんだってば。別に自慢するためにロレックスの時計してる訳じゃないんだからさぁ。」

それを聞いた岩崎カノンは「殿方のステータスって、している腕時計で、その人の人となりを値踏みするんだよね。あたしは特に興味ないけど、こういう時はすぐに気か付いてあげて、まぁ~! 素敵な腕時計ですこと。お高かったんでしょ? ロレックスの高級腕時計だなんて! って言えば気分がいいんだろうね。でもロレックスの時計は自動巻きのゼンマイ仕掛けだから、いつも腕に巻いてないとすぐに時間が遅れちゃう。安物でもクォーツの方が時刻は正確に刻むんですよ。おじいさんがロレックスの時計買ったのは自己投資でしょ? 人気のモデルだったり、ビンテージものとか、買った時の値段かプレミア付いて買った値段より高く売れたりするもんね。」

ビールの青年シンジくんは興味が無いと言いながらずいぶん詳しいなと思いながら岩崎カノンの横顔をマジマジと見た。A氏はホラ言わんこっちゃないと苦笑して言う。「青年よ、これくらいのオバサンになると、ロレックスの時計くらいの事じゃ、ビクともしないさ。ましてや踊り子さんだよ? ロレックスの時計くらい、ごひいきのお客さんからプレゼントで何個ももらってるでしょ。」

岩崎カノンは自嘲気味に笑いながら言う。「まぁ、色々あったよ。下心ありきのお客さんからもらったブランドのバッグやロレックスの腕時計は、一度も使う事なくコメ兵行きさ。踊り子は衣装代や交通費と、色々経費が掛かるしね。」

「うわっ、超現実的な話ですね。」とビールの青年シンジくんが手を叩いて大笑いする。「お昼か。二人ともそろそろお腹空いてるんじゃない? おじいさんさ、どこかファミレスでも行ってご飯食べようか。今日はあたしがお食事プレゼントするから。二人に迷惑かけちゃったしね。」

A氏はいきなりファミレスとか言われても、どこにファミレスがあるのか全く分からないので、後ろを振り返ってビールの青年シンジくんに心当たりがあるかと問う。シンジくんは一本向こうの国道沿いにあったような気がすると言うので、じゃぁ行ってみるかとA氏はようやく警察の駐車場から車をだして走り始めた。

三人の乗る小さな軽自動車、スズキのアルトは国道へ出てしばらく走る。すると反対車線側にファミレスがあった。A氏は右折のためにウィンカーを出し、対向車の途切れたタイミングでハンドルを右に回した。そして駐車場へ入って行ったのだが、お昼時のファミレスは混んでいて中々止める場所が見つからない。すると岩崎カノンが「あそこ! 一台分空いてるよ!」と指を差す。目ざとい岩崎カノンに助けられ、ようやく車を停める事が出来た。

「ひゃぁ~、窮屈だった。」そう言って真っ先に車のドアを開けて外へ出たのは、ビールの青年シンジくんだった。続いて岩崎カノン、最後にA氏が車から降りてドアをロックする。ファミレスの入口までは、ビールの青年シンジくんが先頭を歩き、その後を岩崎カノンとA氏がついて行く。はた目から見ると三人は仲の良い家族連れに見える事だろう。

ビールの青年シンジくんが入口で座席の予約を取っている間、岩崎カノンとA氏は並んで待合のイスに座った。「カノンさん、思ってたより元気にしてたんで良かった。もしかしたら取り調べで心折れて、しょげかえっているんじゃないかって心配してたんですよ。」A氏はそう言いながら、隣に座っている岩崎カノンの指先を見ている。「あたしの事心配してくれてたんだ。まぁ、かなりへこんだのは事実だけど、あたしも昨日今日踊り子になったんじゃないし、それなりに覚悟はしてたからね。」岩崎カノンはA氏の横顔を見ながら言った。

ビールの青年シンジくんが席が空きましたよと言って、待合のイスに並んで座っている二人に声をかけた。それを聞いて二人は同時に立ち上がると「あれ、お二人とも息がぴったりじゃないですか、チームショーですか?」と、からかうような目つきでビールの青年シンジくんが言う。

岩崎カノンが「こら、大人をからかうもんじゃありません!」と、おどけて言った。三人はウェイトレスの女の子にボックスシートの席へと案内される。A氏は右側の窓際の席へ座り、ビールの青年シンジくんは左側の窓際の席に座った。岩崎カノンは通路側のA氏の隣に座った。「あれ? カノン姐さんそっち側?」と、ビールの青年シンジくんが何気なく言う。岩崎カノンは「ん? 並んで座りたかったの?」と逆に聞いた。

「いや、特に他意は無いですけど、なんだかさっきから二人とも仲が良さそうに見えて。」そう言われて岩崎カノンとA氏は顔を見合わせて笑った。

(2021.06.25)

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