屋根裏談話室

#58 愛しのカノン!(15)

15.再開

劇場に出演中、警察のガザ入れに合い公然わいせつ罪で逮捕された踊り子・岩崎カノン。取り調べが終わり一時保釈の身元引受人となったビールの青年と助っ人として駆り出されたA氏は、劇場前で待ち合わせをしてA氏の車で岩崎カノンを迎えに行く。

「あ、そこの交差点を左折ですよ!」ビールの青年が言うとA氏は「多分そうなんじゃないかと想像はしてたよ。」と言いながら急ハンドルを切って左折した。

そんな調子で、二人を乗せた真っ赤なスズキのアルトは警察署へと到着した。

駐車場に車を停め、二人は警察署の中へ入って行く。ビールの青年は総合受付の窓口で岩崎カノンの身元引受人として引き取りに来た旨を述べ、担当者が来るまでその辺のイスに座って待っているようにと言われてしばらく待つ事になった。

「カノン姐さん、元気にしてますかね? 結構しょげてたりするのかな。」ビールの青年がボソっと言う。A氏は「どうだろうな、あの人の事だから案外あっけらかんとして出て来るかもね。」と言う。

担当者と言う人は中々来ない。15分ほど待った所で一人の刑事さんらしき人が、総合受付の窓口に立ち寄って「伊藤まり子さんの身元引受人の方はどこ?」と聞いてから、ツカツカとビールの青年とA氏の方へやって来た。

「伊藤まり子さんの身元引受人の方ですか? 私、保釈担当の加藤と申します。今、伊藤まり子さんは事務処理中ですので、先に荷物をお渡ししますので、ご案内いたします。そう言ってビールの青年とA氏は加藤さんに誘われ、別室に案内された。その部屋は小さな会議室と言った感じでテーブルと椅子が並べられている。そのテーブルの横にスーツケースが一つ、手提げのカバンが一つ、テーブルの上に書類が1枚、ポツンと置かれていた。

保釈担当の加藤さんが言う。

「身元引受人の方、身分証明書のコピーを取らせていただきます。それと、この書類に住所と氏名、伊藤まり子さんとのご関係を記入し、捺印を押して下さい。」

そう言われてビールの青年が焦った。「あのう、ボク免許証とか持ってないんですけど、保険証とかじゃダメですか?」加藤さんが「健康保険証だと顔写真が無いので身分証明書にはならないですね。そちらの方はお父さんですか? 」

「私? はぁ、なんと言うか、父です。」とっさにA氏が機転を利かせてそう答えた。すると加藤さんは「ではお父さんの運転免許証があればそれをコピーさせてもらいますので、お借り出来ますか?」と言う。A氏は財布から運転免許証を取り出して加藤さんに手渡した。「ではただ今コピーを撮ってきますので、その間に書類に署名捺印して置いて下さい。」そう言って加藤さんは部屋から出て行った。

ビールの青年はA氏が運転免許証を持っててくれて助かったと胸をなでおろした。まさか身分証明書などと言われると思っていなかったからだ。顔写真付きの身分証明書と言えば会社の社員証は持っていたが、もしストリップの踊り子の身元引受人をしたなんて事が会社にバレるとマズイと思い、出せなかったのだ。まだ就職して日が浅いのでクビにでもなったら目も当てられない。それにしても、おじいさんが自分の父などと言った時には、思わずおじいさんの顔をガン見してしまった。俺たちはとうとう親子になってしまったのかと苦笑した。

「おじいさん、よく警察を欺いたねぇ。オレ、冷や汗かいたよ。」するとA氏は書類に住所氏名を記入しながら言う。

「とっさに父と言ったが、言った私の方が驚いたさ。ただ、キミが身分証明書が無いって言うから、こりゃマズいと思ったのでね。年恰好が親子みたいな感じだから加藤さんも信じたんだろ。親子なら署名も一人分でいいだろ。印鑑はいつも持ち歩いているから持ってるし。しばらくの間、親子として演技するようだな。」

コピーを撮りに行った加藤さんが戻って来た。

「書類に署名は記入出来ましたか? あぁ、これでOK!です。えっと、氏名の所と印鑑の苗字が詠史となってますが、伊藤まり子さんとのご関係は? ほう、離婚された元・妻ですか。なるほど、そう言う事ですか。ではですね、伊藤まり子さんのお荷物はこのスーツケース一つと、この手提げバッグが一つですので、お持ち帰りください。検品内容書類によると、舞台衣装と日用品との事です。間もなく伊藤まり子さんも玄関ホールへ来られると思うので、身元引受人の方も玄関ホールでお待ちください。ご本人が来ましたらそのままお帰りになって結構です。本日はご苦労様でした。」

そう言って保釈担当の加藤さんは、A氏とビールの青年を部屋から出してから、戻って行った。ビールの青年はスーツケースを転がし、A氏は手提げバッグを持って警察の玄関ホールへと歩いて行くと、階段を下りて来る岩崎カノンを見つけた。

「カノンさぁ~ん! 」そう大きな声で叫んだのはビールの青年だった。岩崎カノンはその声にビクッ! と肩をすくめ、その声の主を確かめるように見てから言う。

「シンジくん。」岩崎カノンは口元の口角を上げ、ニッコリとほほ笑む。岩崎カノンは小走りにビールの青年の所へ走り寄り「シンジくん、面倒かけてごめんね。刑事さんから身元引受人をって言われて、それらしい身内も関係者もいなくて、ふと頭の中に浮かんだのがシンジくんの顔だった。びっくりしたでしょ? いきなり警察から携帯電話に電話がかかって来てさ。

「いやぁ、あの時は追っかけ冥利に尽きるなって。誰かに自慢したいくらいでしたよ。」ビールの青年は鼻の下を人差し指でこすりながら言った。そんな二人を見ながらA氏は「姐さん、お勤めご苦労様でした。」と安っぽいヤクザ映画に出て来る出所のシーンを再現するていで、岩崎カノンに一礼した。

「あらぁ、おじいさんここにも登場? って言うか、無事だったの? 」岩崎カノンは驚いた様子でA氏の事を見た。そこでビールの青年が口をはさむ。「あのぅ、諸事情が色々ありまして。ともかく警察署にいつまでもいるのも何なんで、外へ出てから話しますよ。」岩崎カノンは「それもそうね。」と言ってビールの青年こと、シンジくんとA氏の後ろを歩いて警察署の建物から外へ出た。

三人はそれぞれの思いを胸に抱きながら、A氏の車が停めてある駐車場へ言葉少なに歩いて行く。アスファルトの地面に岩崎カノンが履いているミュールのカツカツと言うヒールの音だけが甲高く良く聞こえている。

A氏が一番先に車にたどり着き、車のカギを開けた。「えぇ~! これ? こりゃまた、ちっちゃな車だねぇ。」そう声を上げたのは岩崎カノンだった。ビールの青年がすかさずフォロウに入る。「さすがでしょ、元・営業本部長さんのポルシェ。この車体の真っ赤な色は、ほぼポルシェだよね。」その言葉にA氏は笑いながら言う。

「スポーツカーだから、車内は少々窮屈かも知れないけど一度乗ったらクセになるよ。」岩崎カノンはちょっと唇をとがらせて「そうかしら? でも迎えに来てもらって四の五の言ったら申し訳ないし、ありがたく乗車させて頂きます。」そう言って笑った。

ビールの青年シンジくんは車の後ろへ回り込み「このスーツケースを乗せるから後ろのトランク開けてもらえますか。」するとA氏は「それトランクに入るかなぁ~。」と試しに開けて乗せてみたが、もう少しの所でハッチバックのドアは閉まらなかった。スズキのアルトは軽自動車の部類でも、車体が小さくスーツケースのような箱状の荷物は微妙に積めない。

「しょうがないな、後ろの座席の方へ乗せるか。」と言ったのはA氏。ビールの青年シンジくんは「これ座席に積んだらオレが座る場所が無いかも。」岩崎カノンは「人間の体は四角四面じゃないから、柔軟に荷物の隙間に入り込めば大丈夫よ。」そう言ってケラケラと笑った。

運転席にはA氏、助手席には岩崎カノン、後部座席には窮屈な態勢でビールの青年シンジくんが座った。「ところで、私はどこへ向けて車を走らせればいいんだね? カノンさんの家なんて知らんぞ?」A氏は車のエンジンをかけてから言う。

(2021.06.24)

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