屋根裏談話室

#57 愛しのカノン!(14)

14.待ち合わせ

ビールの青年が岩崎カノンの身元引受人になり、車を持っていない彼の助っ人として駆り出されたA氏。

そんな二人が待ち合わせ場所に選んだのが、ガサ入れが合ってから営業停止になっている劇場の前であった。なぜその場所を選んだのかと言えば、ビールの青年とA氏、そして踊り子岩崎カノンを巡り会わせた運命の場所だったからである。

A氏は車のハンドルを握りながら「ため息が出るような~♪」と鼻歌を歌いながら上機嫌で待ち合わせ場所の劇場へ向かっていた。一方、ビールの青年はDバッグを背中に背負い、駅から劇場へと歩いている。

待ち合わせ時刻、午前9時。待ち合わせ場所の劇場に先に着いたのはビールの青年の方だった。ビールの青年は相変わらず「営業停止」の張り紙が貼られている劇場入口のシャッターを眺めてポツリとつぶやく。

「この張り紙って、何度見ても不愉快だなぁ。いい加減剝がせばいいのに。」

そんな劇場の前の道を何台もの車が通り過ぎて行く。またそこを行き交う人々は営業停止となっている劇場の張り紙には気づく事すらなく、それぞれの目的地へと進んで行く。ビールの青年が何気なく腕に巻いてる時計を見た。

「もう9時10分か。まだおじいさん来ないな。元営業本部長って言ってたから結構いい車乗ってそうだな。シーマとかグロリアとか高級車なんだろうな。」

ビールの青年は駅の方から走って来る車の運転席をフロントガラスからのぞき込んで、あれか? 違うか。と、ひとりブツブツ言いながら見ていた。9時20分を過ぎ。

「遅いなぁ。もう20分も遅刻してるぞ。営業マンが約束の時間を20分も遅刻するとか、ありえないでしょう? おじいさん、こんな風だからかつての同僚が誰も退職後付き合わないんじゃないの? 一体何やってるんだろ?」

と、そんな所へピー、ピー! と言う車のクラクションの音が聞こえた。ビールの青年がその音に振り返ると、そこには真っ赤なスズキのアルトが左にウインカーを出して止まっていた。「えっ? シーマ・・・ グロリア・・・ じゃないのか、軽自動車かよ!」

「いやぁ、遅刻しちゃったよ。道間違えちゃってさ、通行人にストリップ劇場はどこですかって聞いちゃったよ。普通ならそんな事とても通行人に聞けるはずもないんだけどさ、待ち合わせに対する責任感が、恥も外聞もなく言わせたんだろうね。」

ビールの青年はあきれた顔をして言う。「あのぅ、この車・・ シーマでもグロリアでもないですよね。おじいさん、元営業本部長って言ってたから、てっきり高級車に乗っているんだと想像してたんだけど、真っ赤なスズキのアルトですかぁ。」

A氏はキョトンとしながらシーマ? グロリア? 何の事だ? と思いながら言う。

「あのねぇ、私は年金生活者だよ? 自動車の維持費は高い。高級車なんて乗ってる訳ないでしょ? 日頃は近所のスーパーマーケットに買い物に行くくらいだから軽自動車で十分なんだよ。ただこの車、この真っ赤なボディーカラーは、ポルシェかフェラーリとよく似てるだろ? そこが気に入ってるんで、オレのポルシェって呼んでいる。」

ビールの青年は苦笑しながら「そうですね、ものは考え様って事もありますしね。」と言いつつも、心の中でつぶやく。「ものは考え様、受け止め方次第で何とでもなる。もはや悟りを開いた仏陀の心境か・・・」

A氏は左腕に巻いてるロレックスの金と銀のコンビの時計に目をやり「ありゃ、もう9時半だ。出発しよう。」とビールの青年に言った。そう言われてビールの青年が言う。

「おじいさん、何気にしているその腕時計、ロレックスの時計じゃないですか? 年金生活者って言ってたはずだけど贅沢してるじゃないですか。」

A氏はニヤリと笑いながら言った。「自動車は買った瞬間から資産価値が半額になる。自分が所有している限り維持費もかかる。しかしロレックスの時計はいつ売ってもそれなりの価格で売れる。オーバーホールなどの維持費も車程かからない。年金生活者だからこそのロレックスだよ。」

「そんなもんですかねぇ。」とビールの青年は言いつつも、真っ赤なスズキのアルトのドアを開けて車に乗り込んだ。

そんな二人を乗せた軽自動車はエンジンのうなりを上げて、岩崎カノンの引き取りのために一路警察署へと向かうのだった。

「ところで、警察署って国道沿いにあるんだっけな? 」A氏が唐突にビールの青年に聞いた。「えっ? 道が分からない? 確か、国道沿いじゃなくて、その一本裏側の道だった気がするんだけど。」ビールの青年は不安を覚えた。この人って、道も分からないまま車を走らせてる・・・ そう言う人がなぜ鼻歌を歌いながら上機嫌で運転できるんだろ。この能天気な精神があるから会社員時代、出世出来たのかも知れない。いや、かいかぶりか。年功序列の時代だったからこそ、営業本部長にまで出世出来たんだろうな。きっと良い時代に生まれたんだろ。今だったら間違いなく窓際族で退職待ち、定年待ちだろうな。いや、いや、さっきのロレックスの腕時計の話を考えれば、こう言う人って案外、本業の仕事以外の事、人脈とかコネとかに計算高い人なのかも知れない。

ビールの青年がそんな事を考えている時、不意にA氏が言う。「あのさ、後ろの席に地図帳あるからちょっと取ってくれる? 確か37~8ページがこのあたりの地図だから、ナビゲートしてよ。」ビールの青年は、この人って頭がいいのか悪いのかさっぱり分からない。「この車って、カーナビ付いてないんですか?」と聞くと、A氏が言う。「そ~だよな、あれは便利な機械だ。あれがあれば知らないところでも、どこでも行ける。ま、ついていればの話だけど。」

何を言ってもこの調子。安物でもいいから買って付けておけばいいのにとビールの青年は強く思う。

「あ、そこの交差点を左折ですよ!」ビールの青年が言うとA氏は「多分そうなんじゃないかと想像はしてたよ。」と言いながら急ハンドルを切って左折した。

(2021.06.08)

 
#44 愛しのカノン!(1)
#45 愛しのカノン!(2)
#46 愛しのカノン!(3)
#47 愛しのカノン!(4)
#48 愛しのカノン!(5)
#49 愛しのカノン!(6)
#50 愛しのカノン!(7)
#51 愛しのカノン!(8)
#52 愛しのカノン!(9)
#53 愛しのカノン!(10)
#54 愛しのカノン!(11)
#55 愛しのカノン!(12)
#56 愛しのカノン!(13)
#57 愛しのカノン!(14)←今ココ