屋根裏談話室

#52 愛しのカノン!(9)

9. 慟哭(どうこく)1

ビールの青年によるストリップ史の話を、すっかり楽しんだので、二人は場内へ戻りそれぞれの座席に付いた。本日第二回目のショーが始まり、最初の踊り子、いや、外人ダンサーの足踏みショーをやっている所だ。

A氏は内心、早くこの外人さん終わらないかなぁと思っていた。踊らない踊り子なんて、見るべきものは無いし、個室サービスにも興味はない。やはり次、2番目に出て来る岩崎カノンさんのような、見る人の感情を揺さぶる素晴らしい踊り子さんのショーでなくてはストリップ劇場へ来る意味がないのだ。

なのでA氏は岩崎カノンの、さっき見たショーを思い起こして胸を焦がして待っている。どうやら外人さんのショーが終わったようだ。相変わらず赤札だの、順番になどと場内が騒がしい。しかし間もなく岩崎カノンさんのショーが始まる。

暗転しているステージにまぶしい照明が当たり、同時に音楽が流れだす。オープニングナンバーのザ・ピーナッツの「恋のバカンス」である。この時、A氏はと言うと、すでに満面の笑みでエキサイトしていた。

「カノンさぁ~ん! 」と叫びながら、まるで中高生がピンクレディーのコンサートで「ミーちゃーん!、ケイちゃーん!」と声援を送っているような感じだ。もちろん場内でそんな事をしているのは、A氏ひとり。完全に浮いている。

ビールの青年の席は、後ろの方の場内自販機に近い所だ。追っかけ、応援隊の七不思議。応援隊の人はどういう訳か舞台正面に向かって、後ろの壁際で立っている事が多い。「どうですか、皆さん。私が応援している踊り子さん素敵でしょ? じっくりとステージを見てやってくださいよ。」と言う信条らしい。

場内で一人浮いているA氏を見ながら、ビールの青年はちょっと心が熱くなる。「あのおじいさん、本気でカノン姐さんの事好きなんだな。あの歳でまるで子供のように天真爛漫に振舞えるってすごいな。」するとビールの青年もA氏の「カノンさーん!」の声援に、自分の声を重ねた。どうやら老人と青年の間には、友情が芽生え始めたのかも知れない。

踊り子の踊りを見るためにここへ来ていない個室目当てのお客の中で、老人と青年が声を揃えて客席から「カノンさーん!」と合いの手を入れている光景は、少なくともここのような本番劇場では劇場始まって以来の珍事ではなかろうか。

しかし、当の二人は周囲の状況などまったく意に介さず、今踊ってる岩崎カノンへ声援を送っている。舞台上の岩崎カノンは、照れ笑いを浮かべながらも、声援に応えるべく、いつも以上に歯切れの良いダンスを踊る。2曲目はテンポの速い、パコ・デ・ルシア版のフラメンコ調「コーヒールンバ」だ。この2曲目で岩崎カノンは衣装を脱ぐ。

背中のジッパーをゆっくりと引き下げると、白い裸身が客席から拝見できるが、その瞬間で照明が消されて暗転になる。暗転明けで、3曲目の森進一の「それは恋」になり、真っ赤な襦袢姿でベットショーを踊る。前盆にはべり、客席との距離が一番詰まるショー。襦袢のスソは乱れ、乱れたスソの間から岩崎カノンの女の象徴が良く見える。ストリップショー、一番の見どころでもあり、スケベなお客が喜ぶ時間帯である。

岩崎カノンは尻を床に付けたまま、両足をV字型に広げてポーズをとった。その瞬間、「ピー! 」と言う、場違いな笛の音が場内に鳴り響く。

すると一人のスーツ姿の男が、客席から舞台の上によじ登り、投稿室に向かって両手でバッテンを作って「音楽を止めろ! 場内の明かりを点けなさい!」と叫んだ。それと同時に場内の客席、四隅の席ににいた男たちが一斉に立ち上がる。場内入口のドアもそれらの男の手に寄って封鎖された。いわゆる「ガサ入れ」である。

A氏は一体何が起きたのか分からず、場内を見回している。すると、舞台によじ登った男がステージ中央で仁王立ちになり、客席に向かって叫ぶ。

「警察だっ! みな、その場から動かず、座っているように!」と言う指示を出した。一挙に場内がざわつき、緊張が走る。お客たちは指示に従ってその場に座っている。前盆の上でベットショーを踊っている真っ最中だった岩崎カノンも盆の上でじっとしたまま動かない。

舞台によじ登った警察の男が岩崎カノンに向かって「そこの踊り子さん、舞台の方に来て。」と言うので、岩崎カノンはゆっくりと立ち上がって本舞台の方へ歩いて行く。楽屋にいたであろう他の外人ダンサーと、もう一人の若い日本人踊り子が、楽屋から連れ出されて、舞台の上に集められた。事務所にいたであろう劇場のスタッフも舞台の上に集められた。

舞台上の警察の男が仲間に言う。「これで全員集まったか?」と言うと「これで全員のようです。」と言う。するとまずは、舞台上の警察の男、つまり刑事であろう。客席に向かって言った。

「この劇場は風営法違反、売春防止法違反により、ただいまを以て閉鎖になります。みなさんにも事情をお聞きしたいので、しばらくその場でお待ちください。また所持品検査にもご協力お願します。万が一、拒否すると言う事になると、警察署まで同行願うと言う事になります。」

警察の刑事たちはそれぞれに持ち場があるらしく、劇場スタッフに捜査令状を示し、事務所や場内の家宅捜索を執り行う事を説明した。客担当の刑事たちは、出入り口に近い客から順に一人ひとり事情聴取と、所持品検査を始めた。

その時、舞台の上ではひと悶着起きた。劇場スタッフの一人が、舞台によじ登った刑事の足元に突然しがみつき、刑事を押し倒したのだ。「大人しくしろ! 暴れると公務執行妨害で逮捕するぞ!」と劇場スタッフをねじ伏せた。劇場スタッフは床に押さえつけられたまま言う。「靴を脱げーっ! ここは踊り子たちの神聖な舞台だ。土足でここに立つ事は、踊り子の顔を踏みつけているのと同じだぞ! 土俵の上には総理大臣や天皇陛下でさえ土足じゃ上がれない、それと同じだ!」

そう言われた刑事は自分の足元を見て冷静に言った。「これは済まなかった。今脱ぐから大人しくしろ。」押さえつけられていた劇場スタッフの男は泣いていた。泣きながら「わかってくれればそれでいい。」そう言いながら、その場にあぐらをかいて座わり、大人しくなった。

刑事は劇場の社長は誰だと聞き、社長に改めて言う。「風営法違反、売春防止法違反、外人ダンサーは入国管理法違反及び、不法就労で、全員逮捕。踊っていた踊り子は、公然わいせつ罪で逮捕となる。みんな外の車両へ乗るように。」と言い、仲間の刑事に「連れてけ。」と静かに言った。

一方、客席側では客の事情聴取と所持品検査が続いていた。A氏にも今起きている事の重大さが理解できた。カノンさんが逮捕された。まさかこんな光景を目の当たりにするなんて、考えてもみなかった。きっと私も逮捕されるに違いない。サラリーマン生活43年、ただひたすらにまじめに勤め上げ、定年を迎えて穏やかな人生を過ごすはずだった。なのに自分が警察に逮捕されるだなんて、どこで足を踏み外したんだ? カ、カノンさんは刑務所に収監されるのか? 私もそうなるのか? だったらカノンさんと同じ刑務所がいいな。

(2021.02.22)

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