屋根裏談話室

#50 愛しのカノン!(7)

7. 追っかけさん

岩崎カノン嬢のショーはすべて終わり、その次の出演者はまた外人ダンサーであった。A氏は踊らない踊り子には興味が湧かなかったので、また持っていたバッグを座席に置き、座席を確保してから一旦ロビーへ出た。

ビールの青年もロビーへ出て来た。するとA氏を見つけたので話しかける。

「おじいさんさぁ、失礼かもしれないけど面白い人ですね。もっと大人しい人かと思っていたけど、ストリップ劇場にすでに馴染んでいる気がする。」

「そ、そうかい? 私は普通にしてるんだけど。」

ビールの青年は、腹をかかえて笑って言う。

「あれが普通にしてるってリアクション? ストリップ劇場でいきなりスピーチ始めた人って、初めて見たよ。」

「自分でも何で急に、あんな身の上話みたいな事を言い出したのか分からないんだけど、岩崎カノンさん?だっけ、あの人に乗せれられちゃったような気がする。」

ビールの青年はちょっと何言ってるか分からないなと思いながら「カノン姐さんに乗せられたって、どう言う事?」と聞き返す。

「今朝の電車での事や、劇場に来た時の事を言われて焦ったんだと思う。電車を降りてからの事は正直、地図を見ながら歩いてたから自分が見られていたとは思ってもいなかったな。それよりもあのスピーチの時、私が岩崎カノンさんに伝えたい思いの方が膨らんでいたんだよ。私、不器用だから簡潔に話をするのが下手なんだ。でもあの人の方が話を振ってくれたから、胸の中にたまっていた気持ちが、あの時爆発した。」

ビールの青年は「あぁ、それでか。」と合点がいったようだ。その上で続ける。

「で、カノン姐さんのショー、だいぶ感動してたみたいだけど、どこが良かったですか?」

A氏は熱のこもった口調で語る。

「どこがって、全部だよ。私がストリップと言うものに期待した通り、いや、それ以上に素晴らしかった。まずカノンさんが登場しただけで場内の空気感がガラリと変わった。お客さんたちの目が、一斉にカノンさんに引き付けられてた。カノンさんも一人ひとりのお客さんの顔を見て、言葉では言わなかったけど、いらっしゃい、いらっしゃいって、ご挨拶してるようだった。お客さんを大切にしてるんだな。そしてあのはじけるようなダンス! さらに歌謡ショーのような、しっとりとしているのに凛! とした芯のある日舞! お客を巻き込む舞台演出! 」

思った以上に熱弁を振るうので、ビールの青年が分かった、分かったと、A氏をなだめるように話をさえぎった。

「なんかさぁ、すっかりカノン姐さんにハマっちゃったみたいだね。と言うか、意外に冷静に細かい所まで見てたんだね。ハマるんだよね、カノン姐さんには。ステージだけでは無くて、人柄も良くて優しくて、人の面倒見がこれまたい~んだ。」

A氏はビールの青年を見てて、自分と同類なんじゃないかと思ったので聞いてみた。

「もしかすると、キミも岩崎カノンさんにハマった一人か?」

ビールの青年は、上着のポケットから岩崎カノンのポラ写真を数枚取り出し、A氏に見せた。その写真に裸の写真は一枚も無く、色取り取りの衣装を着た岩崎カノンが、ステージの時に演じた踊りのポーズをしたものや、中にはツーショットで撮ったものもあった。

「キミは岩崎カノンさんの裸の写真は撮らないの? 」

するとビールの青年は、撮らない事も無いけど、この劇場では撮らないと言う。それに、ホントに好きな人の裸の写真とか欲しいですか? と逆に言って来た。A氏には何となく彼の気持ちが分かるような気がした。ただ、この劇場では撮らないと言う事の意味は分からなかった。

「岩崎カノンさんて、見た感じだとキミの歳からすれば、キミのお母さんと同世代くらいじゃない? 」

「ウチのオフクロと同い年ですが何か?」

「あ、いやいや。ところで、岩崎カノンさんてずっとこの劇場で踊ってるの? 」

「踊り子さんは10日毎に全国の別の劇場へ移動するから、カノン姐さんここは20日までだよ。」

A氏はそう言う事を聞きたかった訳ではなかったが、でも20日までって事は、あと7日間はこの劇場に出てると言う事か。だとすると、またこの劇場にくればあのステージが見られる訳だ。ビールの青年も岩崎カノンさんにハマってるみたいだし、もしかしたら世間で言う「追っかけ」と言う人なのかと思った。

「キミはさ、もしかして俗に言う追っかけと呼ばれる人? だって岩崎カノンさんの事、詳しいみたいだし、外人さんの個室サービスとやらの札にも興味なさそうだからさ。」

するとビールの青年は、何の躊躇もなく話を聞かせてくれた。

「もうかれこれ3年くらい追っかけやってるな。カノン姐さんとの出会いは、大学に入って出来た悪友が面白い所へ連れてってやると言うから、ついて行ったらそこはストリップ劇場だった。初めてのストリップ劇場だったから、緊張してガチガチになっていたんだけど、その時踊っていたのがカノン姐さんだったのね。で、ステージの上からそんな緊張してるボクを見て、学生さん? 大学の授業よりつまらないかも知れないけど、我慢してね。って言ったんだ。それで思わず笑っちゃって、いっぺんに緊張がほぐれたよ。その日、岩崎カノンさんって名前だけ覚えて家へ帰ったよ。」

A氏はククク、と抑え気味に笑って言った。

「ここに来る人って、みんな同じような道を通って来てるんだね。学校の授業よりもつまらない、か。面白い事言うね。」

「でしょ? まぁ、学生でお金も無いんで毎日は行けなかったけど、いつの間にかタンバリン叩いたり、リボン投げるようになり、気がつけば追っかけと呼ばれて、他の踊り子さんたちからもカノン姐さんのお客さんて呼ばれるようになっていたって訳。」

A氏は何でタンバリン叩くんだ? リボン投げるんだ? そう言う事するのって、劇場の従業員が仕事でやってると思ってた。今日はタンバリン叩いたりリボン投げたりしてる人は見かけてない。ではなぜビールの青年が、今日はタンバリンやリボンをやっていないんだろうと疑問に思った。

「今日はタンバリンとかリボンとか、そう言うのやらないの?」と聞くと、ビールの青年は、この劇場は狭いからタンバリン叩くとうるさいし、リボン投げるにしても短いのしか投げられない。それに、この劇場に来るお客さんたちは、基本的に踊りは見ない。目的が違うんで、やる意味も無いのだと言った。

A氏はそう言われれば、確かに外人ダンサーはステージの上で足踏みしてるだけで踊らない。出演している踊り子は6人中4人が外人ダンサーで、ちゃんと踊る踊り子は日本人の踊り子二人だけだ。その一人が岩崎カノンさんと、もう一人のあまり踊りの上手くない若い女の子だけだった。

(2020.02.18)

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