屋根裏談話室オーディオブック5

第五章、蛇足

せっかく踊り子として、「腹をくくって」やって行こうと決めた所なのに、所属事務所の方針転換で、いとも簡単に引退する事になってしまった「アイドル看板踊り子」の彼女。

公明正大な引退興行をする訳でもなく、沈黙を守ったまま、「フェイドアウト」。

才能のある踊り子であるがゆえ、本当にもったいないと言う気持ちしか私には残っていない。そうわ言ってもストリップの踊り子が引退する時、華々しく盛大に「引退公演」が出来るのは、ホンの一握りの踊り子だけで、その多くは、ふと気が付くと消えていなくなる事の方が普通だ。

思えば私は、手紙のやり取りを通じて、「結果報告」ではあったが、「彼女自身」が教えてくれたと言うのが、せめてもの救いではあった。
多分、彼女の事だから、私に気を使ってくれたものだと思う。でなければ、

「あの人は私が今週で引退だと知ったら、どんなに無理しても毎日劇場に通ってくるに違いない。」

と考えたのだろう。

「あんまり私に入れ込むと、火傷するよ? ほどほどに。」

が、以前彼女が私に言った言葉だからである。

それから「未練タラタラ」な気持ちを、なかなか成仏させられない「日々」が続いていた私だ。だが、気持ちを整理するために、忘れられずとも良い、心を静める事にする。と言う考え方に方向転換した。

彼女の引退からしばらくたって、劇場の常連たちがどこから聞いたものか、彼女が引退したそうだと言う話が水面下で広がって行った。
私はそ知らぬ振りをして「へぇ~、そうなのか。」と、冷静に話を聞いていた。だが、常連さんたちの話には、蛇足が付いていた。

「お宅さぁ、だいぶあの子に入れ込んでいたからショックだろうな。みんながお宅の事、何て呼んでたか知ってるか? 」

何の事だか私には分からない。

「優に狂った男って呼んで笑ってたぜ。」

そうなのか、それは知らなかった。「優」、と言うのは「アイドル踊り子」、彼女の劇場での名前だ。

私と彼女の「ポラ」や「フィナーレ」でのやり取りを、常連さんたちは冷静に客観的に、見ていたのだろうから、私が彼女に入れ込んでいたのは、一目瞭然だったのかも知れない。
自分としては、さほど派手に振舞ったとは思っていなかったが、他人の目と言うものは実に恐ろしきものなり。さらに常連さんが蛇足の話をご親切に聞かせてくれた。

「優ねぇさんは、どうやら「高級ソープ」に行ったらしいぜ。」

そ、ソープ?

「ソープ嬢として、お店に出てるって言う情報がある。たまたま、ソープに行ったヤツが、ソープ嬢のカタログに、「優ねぇさん」に、そっくりな女の子の写真があって驚いたって。さすがに指名する気には、なれなかったそうだ。少なくともオレたちが知ってる「優ねぇさん」は、踊り子の「優ねぇさん」だもんな。」

私は言葉を失った。いや、別にソープ嬢が悪い、と言っているのではなく、なぜ今、ソープ嬢なのかと言う事だ。

AV女優として有名なのは知ってる。けど、事務所の方針転換と言うから、またAVの方に戻るのかと思ってた。ストリップの踊り子として、活躍をしてる最中だと言うのに、ストリップを辞めてまで、何ゆえソープ嬢なのかと。事務所って言うのはさ、カネの事しか考えていないのか? 私は「事務所」って所に憤慨した。

彼女が、自分から「私、ソープ嬢になりたいんですぅ。」って言ったのなら、それはそれで、私も納得するかも知れないが。

しかしながら、常連さんたちの蛇足の話。私にとっては、思いも寄らぬ事ではあるが、

「少なくとも、オレたちが知ってる「優ねぇさん」は、踊り子の「優ねぇさん」だもんな。」

と、言う言葉に、なんと言うか、「ストリップ客」の、誠を見た気がして救われた。

私にとっても、常連さんにとっても、彼女は踊り子以外の、何者でもないと言う同じ思い。

それと、「優に狂った男」って呼んで、笑ってたぜ。」

その言葉は、私を侮辱するような気持ではなく、

「まぁ、気持ちは良く分かるよ。でも夢中になるなって。」

と言う、「劇場仲間」たちの、思いやりの気持ちも込められているのわ、私にも良く理解できる。

ストリップは、「義理と、人情と、思いやりの世界」、である。「常連さん」たちも、きっと痛い目に会った経験が、そう言わせているのだと思った。

最終的に、彼女は手紙の中で、

「もし、今後、偶然どこかの街で私を見かけたとしても、声はかけないで下さい。そこで見かけた人は、あなたが知っている、私ではありません。」

と、書いていた。ストリップの踊り子をやめて、「ソープ嬢」に、なるとは言えないので、そのように書いたのだと思う。いや、ちがう。彼女は、自分が「アイドル看板踊り子」として生きた時代の、生き証人になって欲しかった。そして、私の胸の中で「永遠におどり続ける踊り子で「あり続けたい」と、「こころひそか」に願ったのかも知れない。

私のようなストリップ客ごときに、そこまで気を使ってくれる彼女に涙が出た。彼女を応援して来た事に、何も間違いは無かった。いや、むしろ誇らしいとさえ思う。それは私に、「人を見る眼」が、あったと言う事だ。

結局、彼女がストリップをやめて、ソープ嬢になった事も、常連さんたちの思いやりも、事務所の事も、今の私には、どうでもいい。

彼女は、自分に与えられた時間の中で、とても素敵なステージを踊った、と言う事実。

そして、私もそんな踊り子を、精一杯応援したと言う事実が、すべてなのだと思う。

私は良い人と出会い、良い時間を過ごせた。と言う事だけで、充分満足だと納得した。

深夜の劇場の帰り道、ふと夜空を見上げると、無数の星が物言わずキラキラと瞬いていた。
だが、残念な事に、涙で星がにじむ夜は、誰にも言えない思いが「あふれて」、家に戻っても、今夜は眠れそうにない。

忘れないよ? キミの事。素敵なステージの事。

この物語に登場する個人・団体等は架空のものであり、実在するものとは一切関係ありません