屋根裏談話室

#49 愛しのカノン!(6)

6. ポラショー

A氏は今見た踊り子のベッドショーの中で、踊り子から渡された白いヒモで踊り子を絞め殺してしまったと、あの時は本気で思った。もちろんあれはストリップショーでの演出なのだが、なぜA氏は本気で踊り子を絞め殺したと思ったのであろうか。

舞台演出の一冠ならば形だけそう見えるようにすれば良い。だが、あの踊り子のステージにかける気迫と言うか、覚悟と言うのか、本気で絞殺されるくらいギュッ! とヒモにテンションをかけなければ、リアリティーが生まれない。首を絞められた苦しさが、お客に伝わらないと考えているのである。

つまり、踊り子が舞台に立ち、ショーを踊ると言うのは命がけなのだ。踊り子を単に仕事と考えるか、自己表現の追求の場と考えるか、でステージのクオリティーは全く違うものになるだろう。A氏があの時「やっちまった!」と言って、本気のリアクションをしたと言う事なので、あの踊り子の狙い、演出は大成功だったと言える。

さて、A氏にとって衝撃のストリップショーを見て放心状態になっている所だが、場内の照明が客席まで照らす中、「はーい、ポラショーのお時間でーす。一枚500円です。ご希望の方は手を上げて下さい。」とあの踊り子が言いながら、小振りなカゴとポラロイドカメラを手に持って出て来た。

客席から2~3人のお客が手を上げる。踊り子はリラックスした微笑みを顔に浮かべて言う。「ありがとうございまぁ~す。じゃ、前の方に出て来て並んでね。」と言いながら手で、おいでおいでと言う風に手招きをする。踊り子は「どんなポーズにする? M?、L?、それともV字開脚?」一人目のお客は迷う事無く「Mでオープン!」と指定した。詳しく解説する必要はないと思うので、サラリ! と流す。

前へ出て来て並んでいるポラ希望のお客がいなくなったので、踊り子は「ほかにはいませんかぁ~、一枚500円ですよ~!」と客席を見回す。踊り子の目に留まったのがA氏である。ツカツカと踊り子は前盆へ進み、A氏の真正面にしゃがんで言う。

「先ほどはわたくしの舞台演出にご協力いただきまして、ありがとうございました。うふふ。おじいさん、ポラは撮らないの? 一枚500円だよ? 」

A氏はポケットの中を探り、そう言えば入場料のお釣りが500円あったなと思い出した。500円玉を踊り子に差し出して「じゃぁ、一枚だけ。」と言った。踊り子からポラロイドカメラを渡され「おじいさん、ここの赤いボタンがシャッターだからね。ヘンなところ押しても撮れないからね。」と言って説明してくれた。

A氏は踊り子から「どんなポーズにする?」と聞かれると「正面向いて正座でいい。」と言った。すると踊り子は「衣装は脱がなくていいの? それとも脱いで素っ裸になろうか?」と言うので、A氏は「脱がないで、そのままでお願いします。」と言う。踊り子は「でもオッパイ好きなんでしょ? 胸だけでも出そうか?」と言って笑った。

至極まじめにA氏はポラを撮った。すると踊り子が「おじいさん? まだ全然気が付かないの?」とA氏の顔を、のぞき込むようにして見た。A氏は思わず恥ずかしくなって下を向く。

「あたしだよ。今朝電車の中で会ったじゃん。」

A氏は急にそう言われて顔を上げ、踊り子の顔をじっと見た。

「あっ、そう言えば見た顔だ! あの時のクソババアか!」

「クソババア? 言ってくれるじゃない。」

踊り子はムッ! として客席のお客たちにアナウンスした。

「ちょっと、皆さん聞いてくれるぅ? あのね、今朝、劇場へ通勤するのに電車で来たのね。その時あたしが座ってる前に、このおじいさんが立ってたから、席を譲ってあげようとして、私はすぐ降りるからどうぞって言ったのね。そしたらさ、この人怒り出してね。いや、結構! 私ももうすぐ降りるし、オバさんからジィさん呼ばわりされるほど歳ではない! ってさぁ。」

何故かA氏にピンスポットが当てられ、場内のお客さんが笑い出した。

「でね、それならと思って、これは、失礼。せいぜい長生きして下さいね。おジィちゃん! ってあたしも嫌味を言ってやったのよ。ともあれ駅で電車降りて、劇場へ向かって歩いてると、この人あたしの後ろをずっと着いて来るのよ。」

客席のお客たちはもとより、投稿室の劇場スタッフまでフムフムと話に聞き入る。

「あ~、おじいさんがついて来るぅ~! あたし、襲われて手込めにされちゃうかもって、物陰に隠れて様子をうかがってたらね、この人、地図をポケットから出して、それを見ながらどこか探してるみたいなの。ドコ行くんだろうなぁ~って見てたら、劇場だった。そうか、お客様だったのかって分かったんだけど、中々劇場に入らないで道端で何かぶつぶつ言ってるから、何してるのかな? って思ったけど、あたしも時間無いし、とりあえず手込めにされる事もなさそうだったから楽屋へ入ったんだよね。その後、あたし出番でステージに出てきたら、この人がかぶりつきでステージ見てたの。」

場内大爆笑。

A氏はモジモジと頭を搔きながら、立ち上がり、場内のお客さんたちに向かってスピーチを始めた。

「えぇーと、わたくしは、サラリーマン生活を43年、毎日満員電車でもまれながら実直に勤め上げ、定年を迎えて会社を退職いたしました。

昭和のサラリーマンであり、いわゆるモーレツ社員でございました。学歴こそ無いけれど、それでも営業本部長にまで上り詰めた訳です。

しかし、間もなく自分も定年になる。定年して時間が出来たら、今まで女房には苦労ばかりかけて来た。仕事ばかりでどこへも連れて行った事も無かったので、その時が来たら女房と二人、ゆっくり旅行にでも連れて行ってあげようかと思っている矢先の事。女房はガンで他界しました。

ですから、そんなささやかな望みを叶えてやる事も出来ず、私は定年の日を一人で迎えました。いつもそばにいてくれた女房も今は無く、一人暮らしで何もやる事がありません。毎日楽しい事は無いかと考えておりました。二度と戻らないこの時に、もう一度輝きを残したいと願い、思い出したのが三十年前、会社の慰安旅行の時に同僚と入ったストリップ劇場でした。

ストリップ劇場へ行けば、きっと楽しい事があるはずだ。そして見つけたのがこの劇場です。私は久しぶりに心躍らせ、電車に乗り込んだのです。そしたらこのオバサンが、私を年寄り扱いし、席を譲ると言うので、年寄り扱いするなと思わず言ってしまったのです。

決してこのオバサンの後をつけて、襲って手込めにしようと考えていた訳ではありません。どうせ襲って手込めにするならば、もっと若くてカワイイ女の子の方が良いに決まっております。私は三十年ぶりにストリップ劇場の前に立ち、あの時は会社の同僚と一緒に入場したけれど、今日は私ひとりなんだなと、感傷に浸っていた訳です。

そしてです! 今日私は三十年ぶりにストリップ劇場に一人で入場いたしました。そこで踊っていたのが、今朝電車の中で遭遇したオバサンだったようです。まぁ、似ているなとは思いましたが、まさかその人だとは思いも寄らぬ事でございます。

しかしながら、そのオバサン踊り子は見事な踊りっぷり。照明の海の中であれほど美しく、切なく、素晴らしいステージを見たのは初めてです。感情が揺さぶられるステージと言うのはこう言う事か! ストリップって、こんなに素晴らしいものなのか! と教えてくれたのがあなたです!

ただ名前が分かりません。えっ? 岩崎カノン? カノンさんと言うのですか! ではカノンさん、本日は本当に良いステージを踊っていただき、ありがとうございました。あなたは本当に優れた踊り子です。またいつの日かお会いできるのを楽しみにしております。ご清聴ありがとうございました!」

場内笑う人、あきれ返る人、涙する人、反応は様々。
それにしても長いスピーチと言うか、なぜストリップ劇場でいきなりスピーチが始まったのか不思議だが、A氏の実直さがそうさせたのだろう。

岩崎カノンは、A氏の事をマジマジと見て言う。

「アンタも色々あったんだねぇ。勇気を出して劇場に入って良かったじゃない。って言うかぁ、ストリップ劇場は毎日やってるよ? またいつの日かお会いできるとかって言ってないで、会いたければいつでもくればいいのよ。第2の人生、二度と戻らないんだから輝きを残してちょうだい。誰にも遠慮する事はないでしょ? おじいさん。あははっ!」

場内アナウンスが言う。

「それでは、これにてポラロイドショーは終了とさせていただきます。続きましてはオープンショーでお楽しみいただきます。」

(2021.02.17)

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