屋根裏談話室

#46 愛しのカノン!(3)

3. 人生とは、いみじくも、かくの如し

気持ちの整理が付いたところで、A氏は年金から引っこ抜いた五千円札を握りしめ、テケツで入場券を買おうとして「大人一枚」と言った。すると、スタンプカードはお持ちですか? とストリップ劇場の従業員がA氏に問う。しかし、A氏は自分の意思でストリップ劇場へ来たのは、生まれて初めての事だ。そんなものを持っているはずが無いのに強がって見せた。

「話には聞いているが、自分の意思でストリップ小屋へ来たのは、今日が初めてだ。」

従業員へ宣言するように言った。するとストリップ劇場の従業員は、素直にスタンプカード無いなら「無い」と言えばいいだけなのに、面倒くさい爺さんだなと思った。

「それなら次回ご来場の際は、このスタンプカードをお持ちいただければ、スタンプを1個押した上で、一回に付き五百円割引でご入場出来ますので、必ず次回ご来館の際には、忘れずにこのカードをご持参下さい。スタンプが十個溜まると一回無料で入場できますからね。では今回は四千五百円でのご入場となります。」

丁寧な説明を受けたあと、五千円札のお釣りとして返却された五百円玉と、新しく作ってもらったスタンプカードを、しっかりと手の中に握りしめて、A氏は場内への扉を恐る恐るそぉ~っと、少しだけ静かに開き、場内をのぞいてみた。

すると、すでに場内の座席に座って開演を待っているほかのお客が一斉にA氏の顔を見た!

「うっ! なんだ、何でみんなでオレの事を見るんだ?」A氏は驚いて一度ドアを閉めた。

なんだ今のは? こんなところでオレの事を知っている奴がいる訳は無い。よっぽど怪しい人間に見えたのだろうか。しかしここで引き下がる事はできない。気を取り直してA氏は場内の先客に気付かれないように、ドアの前でしゃがみ込んで、下の方からそっと開けてみた。むしろこの方が怪しい。

場内へ入る入口のドアの前で、しゃがみ込んで場内をのぞいている不思議な格好のA氏は、思っていたより場内が狭い事と、先客同士がみな知り合いなのか、和気あいあいとおしゃべりしている事に気が付いた。

何だか楽しそうだな? まだ開演前だし、踊り子も現れていないのに。と言うか舞台はどこだ? と場内を見まわして見たところ、意外な事を発見した。自分が今しゃがみ込んでいるドアの真横に舞台があった。

そうか! オレがドアを開けた時、先客が一斉にこっちを見たのは、ここが舞台の真横だったからか。だからみんながこっちを向いて座っていただけで、別にオレの事を見たわけじゃなかったんだ!

「ちょっとアンタ、入口でなにやってんのよ? 邪魔だから入るならさっさと入りなよ。」

突然背中越しに言われて振り返ると、自分の息子くらいの若い男の子がコンビニの袋と、黒い大きなバッグを持って立っていた。「あ、すまん。」と言って、A氏は立ち上がり場内へ入ってみた。しかし、入ってみたものの、どこに座ればいいのか。どこかに立っていればいいのか。自分の居場所が見つからない。

A氏は近くにいた人に、それと無く聞いてみた。

「あのぅ、座席はどのようになっておるのでしょうか? 自由席はどのあたり・・・」

問いかけられた先客はメガネの奥から、いぶかしげにA氏を見てから、ぶっきらぼうに言う。

「空いている席に座ればいいんだよ。でも新聞紙とかハンカチが置いてあるところは、誰かが先に場所取りしてある所だから、それをよけてそこの席に座らないようにな。」

A氏は「はぁ、分かりました。ありがとうございます。」と礼を述べ、どの辺がいいかと座席を見回した。A氏が目を付けたのは舞台から出っ張った、もう一つの小さな舞台みたいな所の脇の席だった。

なぜそこが良いと思ったのかと言うと、三十年前に会社の慰安旅行でストリップ小屋に同僚と一緒に入った時、踊り子が前へ出て来て一番「アソコが良く見える場所」だと言う事を知っていたからだ。ただ、真正面に座るのは少々ダイナミック過ぎると思い、そこから少し脇へ回り込んだ席ならば、羞恥心を和らげられるのではないかと言う計算をしたためである。

A氏は取りあえずその席に座り、やっと自分の居場所を見つけたと思った。やれやれ、何はともあれここでストリップショーが開演するまで、じっとしていれば良いのだな。と思っていた時、先ほど入り口でA氏の事を「邪魔だ」と言った青年が近づいて来た。

おや? まだ何か文句があるのかと、その青年の事を見る。

「おじいさん、ビールが一本余ってるんだけど飲む?」

そう言うと青年は、缶ビールを目の前に差し出して来たではないか。A氏は見ず知らずの人からビールなどもらって良いのだろうかと「わ、私に? 」と言うと、青年は苦笑しながら言った。

「あ、さっきちょっと邪魔だとか、キツイ事言っちゃったから、悪かったかな?ってさ。おじいさんストリップ初めてなの?」

そう言いながら、一人前サイズの柿ピーも一緒に「あげる。」と言って差し出して来た。

A氏は青年から差し出された缶ビールを恐縮しながら受け取ると、そのビールは冷たく良く冷えている。余ってると言ってたから、てっきり生ぬるい物かと思ったのだが、もしかして彼が自分で飲もうと思って、劇場に来る前にコンビニで買ったものではなかったのか? さらに、もしかして「余ってる」って言ったのは、そう言わないと私が受取りにくいと考えて、余ってるとわざわざ言ったのではないかと思った。

だとすると、私が入口をふさいでいたから「邪魔だ」と言っただけなのに、「あ、悪い事言っちゃったかな?」とそこまで気遣いしてくれたのか? なんて心の優しい好青年なのだろうか。どこかの「かつての同僚」とは比べものにならない。会社をやめたら赤の他人と切り捨てる「かつての同僚」とは私にとって、一体なんだったのだろう。

A氏はありがたく青年から缶ビールと柿ピーを受取りながら、缶ビールの栓をあけて一口飲んでから言った。

「私はストリップ小屋へ入ったのは、初めてじゃない。三十年前、会社の慰安旅行で同僚と一緒に入った事がある。でも自分一人で、自分の意思でストリップ小屋へ来たのは初めてなんだ。」

それを聞いた青年は驚いて言った。

「三十年前? その頃のストリップ劇場って、どんな感じだったの?」

A氏はあの時の事を思い出しながら、ちょっと自慢気に語る。

「まぁ、会社の慰安旅行での軽いノリで入っただけだからねぇ。印象とすれば、さっきまでモギリにいたオバさんが、今度は舞台に出て来てストリップを踊るって感じで、ストリップ劇場ってのは、オバさんがやっている所って感じだったな。私はもっと、若くてかわいい女の子がストリップしてくれるもんだと思ってたから、正直あんまり良い印象ではないな。」

それを聞いていた青年は、まだ自分の立ち位置がしっくりこないのか、納まりの悪い感じのするA氏に言う。

「それは多分、温泉場の単独劇場かなんかじゃなかったの? 確かにそう言う踊り子さんもいるけど、でも若くてカワイイ踊り子さんもたくさんいるしね。まぁ、今日も色々な踊り子さんがこれから出て来るから楽しむと良いと思うよ。あ、間もなく開演時間だから、またね。」

そう言って青年は自分の席へ戻って行った。A氏は「ビールありがとうね。」と言って、缶ビールをちょっと高く持ち上げ、青年に感謝の意を示した。

(2021.02.13)

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