屋根裏談話室

#40 バースデーケーキ(8)

美咲杏応援隊の中から、岸田タンバリンが、いわく付きのバースデーケーキの箱を両手で持って、ゆっくりと慎重に舞台カミテ側まで歩いて行き、舞台の端にその箱を一旦置いてから自分も舞台によじ登る。そして再びバースデーケーキの箱を手に取って、美咲杏の前へと持って行き、箱のフタをゆっくりと開けた。

美咲杏はそこで初めて問題のバースデーケーキを見た。正直、もっと悲惨な状態だろうと想像していたが、そのケーキの上面には22本のロウソクが、ハリネズミのように立っていたので、思っていたよりも問題は無いと感じた。美咲杏の脳裏に一瞬、竹下の顔がよぎった。何か言おうと思ったが、何も言えず黙ったまま目の前にあるバースデーケーキを見つめている。

その様子を見た司会進行の薬師丸明美嬢が、機転を利かせて言う。「ローソクに火がついてないよ? ファイヤー姐さ~ん。火! 」薬師丸明美嬢からいきなり指名された花電車のファイヤー嬢、キョトンとした顔で「えっ? 」と薬師丸明美嬢の顔を見た。

「あたし? ローソクに火をつけろってか! ケーキごと燃やすぞ!」と言って場内の笑いを誘う。腹痛てぇ。

司会の薬師丸明美嬢と花電車のファイヤー嬢の名コンビ振りに、みな拍手喝采である。「とにかく早く火をつけてくれないと、先に進まないでしょ。」と応援隊の岸田タンバリンを促す薬師丸明美嬢。

「あ、そうか。」と岸田タンバリンは「ズボンのポケットにライター入ってるんで、ちょっとケーキ持っててもらっていいですか?」と美咲杏に言い、美咲杏はバースデーケーキに手を添えようとした瞬間、手が滑べり、バースデーケーキを真っ逆さまに床に落としてしまった。あぁ~! 場内の誰もが凍り付く。

そんな中、美咲杏は冷静な顔をして床にしゃがみこんで、落ちたバースデーケーキの破片を拾い集めて一つにまとめてから立ち上がり、人差し指でケーキのクリームをペロリと舐めて「甘い~♪ 」と言って笑うと、場内にも一斉に笑いが起こり、場内の空気が一気に和んだ。

舞台下の両脇にいた二階堂と高島は、まるでテレパシーで交信するかのように顔を見合わせて「今、わざと落としたよな? 美咲ちゃん、わざと落としたよな? あの瞬間見たよな?」と唖然とした表情で見つめ合っている。

司会進行の薬師丸明美嬢が「アン・アクシデント! 緊急事態発生! 」と言いながら、美咲杏が拾い上げたバースデーケーキを見ながら「美咲ちゃん、ちゃんと持たなきゃダメじゃん! ケーキがグチャグチャよ? でも。」と言って薬師丸明美は美咲杏と同じように、人差し指でケーキのクリームをすくってペロリと舐めてから「甘~い!」と叫んだ。そしてあっけにとられて立ちすくんでいる岸田タンバリンに言う。

「どうした? 金縛りになってるね。」薬師丸明美嬢は岸田タンバリンに3、2、1! とカウントして岸田の目の前で パチン! と手を叩き「はい、戻って来い。こっちの世界に戻って来~い。」と言う。これにまた場内がどっと笑った。

「こんなになっちゃたから、ローソクは一本でいいよ。とにかく火をつけて。いいよね、美咲ちゃん? 」薬師丸明美嬢は、そう言って美咲杏の顔を見る。美咲杏はニコニコしながら、ウン、ウンと頷いている。岸田タンバリンはグチャグチャになったバースデーケーキの上に、一本だけローソクを立て、ライターで火をつけようとしているが、手が震えていて中々火が付かない。

場内にいるすべての人の視線が岸田タンバリンの手元に集中する。「ちょっと~! ファイヤー姐さん、火!」とまた花電車のファイヤー嬢に振る。「あのなぁ~、ホントにケーキごと燃やすぜ?」と笑いながら首を横に振る。その時ようやくローソクに火がともった。それを確認して薬師丸明美嬢が「それでは美咲杏ちゃん、一思いにローソクの火を吹き消して下さい! いい? 3、2、1! どうぞ~!」

美咲杏はニッコリと笑ってから、ピンクルージュに塗られた唇を尖らせて、ふぅ~! とロウソクの火を吹き消した。場内から拍手が沸き上がり、この瞬間を待っていた美咲杏隊の二階堂と高島は、舞台の左右から同時にリボンを投げてこのセレモニーに華を添えた。

薬師丸明美嬢は「さぁ、お待ちかね。プレゼントタイム~! 美咲杏ちゃんにプレゼントをご用意している方は、どうぞ前の方に来て下さい。」と客席に声をかけると、花束や紙袋、大箱、小箱を手にしたファンやお客がぞろぞろと詰め寄せて来た。

しばしプレゼントタイムが続き、行列が途絶えた頃、薬師丸明美嬢が「皆さま、美咲杏嬢に過分なお祝いを頂きましてありがとうございました。ここで美咲杏嬢より、皆様へお礼とご挨拶を頂きます。じゃ、美咲ちゃんマイクの前へ。」美咲杏は今頂いた花束を抱きしめてマイクの前へ立った。

「今日はこんなに多くの方にお祝い、たくさんのご祝儀、プレゼントを頂き、もう私のこの小さな胸がGカップになるくらい感動しました。ホントにありがとうございます。こんな私が皆様へ恩返しできるとすれば、ステージの上で精一杯踊る事だけだと思います。人生には山があり、谷があり、そして意外な所に落とし穴が待ち構えているかも知れませんが、皆さんがもしそんな落とし穴に落ちた時には、どうぞ劇場に足を運んで下さい。そしてステージの上で、全身全霊を込めて踊る踊り子たちのステージを見て、立ち上がる勇気と力をもらって下さい。私のチカラは及ばないかも知れませんが、そんな踊り子さんたちの一員として、私もずっとこれからも踊って行きたいと思います。今日は本当にありがとうございました!」

美咲杏の挨拶に場内から惜しみない盛大な拍手が送られた。22歳になったばかりだと言うのに、しっかりとした挨拶に心打たれて、すすり泣く人もいる。小さな胸がGカップのフレーズに思わず笑った人もいた。

(2020.09.20)

#33 バースデーケーキ(1)
#34 バースデーケーキ(2)
#35 バースデーケーキ(3)
#36 バースデーケーキ(4)
#37 バースデーケーキ(5)
#38 バースデーケーキ(6)
#39 バースデーケーキ(7)
#40 バースデーケーキ(8)
#41 バースデーケーキ(9)
#42 バースデーケーキ(10)