屋根裏談話室

#32 夜更けのMyu(6)

「どういたしまして。Myu さんと娘さんのお誕生日のお祝いを、お手伝い出来ただなんて光栄ですよ。じゃぁ、私はこれで帰ります。これからも親子水入らずでお幸せに。」そう言って私が車に乗り込もうとした時、Myu が私を呼び止めた。なんだろう?

「万沢チョッキーさん、ちょっと待って。これはあたしからのお礼の気持ちだから受け取って下さい。」Myu はそう言うと、娘さんの誕生日プレゼントが入っている紙袋から箱を取り出した。

「え? 私に?」そう言うとMyu は、まるでバレンタインデーに中学生の女の子が、男の子にチョコを渡す時のような純真な眼差しで私を見ながら、その箱を私に両手で差し出した。その箱はきれいな包装紙に包まれ、真っ赤なリボンで飾られている。

「それって娘さんへのプレゼントなんじゃないの? 」と言うと「これは万沢チョッキーさんのために、もう一つ買って来たの。ただ娘のものと同じものだから、男の人にはあんあまりうれしくないかも。」娘さんの誕生日プレゼントと同じもの? なんだろ?

「そ、そうなの? ともあれ私にまで気を使ってくれて嬉しいです。開けてもいい?」と言うと、Myu が「開けないで! ここで開けちゃダメ! 」と、あわてて声を上げた。

「無事に家に帰って、心を落ち着かせてからこっそりと開けて下さい。」と言うので「まさか、玉手箱? ふたを開けると白い煙が立ち昇って、私はおじいさんになってしまう。とかじゃないよね?」と少しおどけて言った。

「まさかぁ。でももし本当にそうだったらどうする?」そうMyu が聞いたので「すぐに年金の申請に行くよ。」と言うとMyu がのけぞって笑った。それに釣られて私も笑った。その時、突然小屋の2階の窓がガラリと開き「誰だ! こんな夜更けに。うるさいんだよ! 静かにしろ! 」と言う男の怒鳴り声がしたと思ったらピシャッ! と窓を激しく閉める音が聞こえた。

私とMyu は背中をビクッ! とさせて驚き、お互いに顔を見合わせて「びっくりしたね・・・」と、ほほ笑み合った。Myu の片えくぼが可愛かった。そしてお互いに声を潜めて「じゃ、おやすみなさい。」と言ってそれぞれの帰るべき所へと帰った。

◆ 帰宅

まるで私の専用道路ではないかと思えるほど国道は空いていたので、思ったよりも早く帰宅できた。車から自分の荷物を降ろし、そしてMyu からもらったあの箱を、大切に持って自分の家に入った。そしてその箱をデスクの上にそっと置き、イスに座ってぼんやりと見て、Myu との今夜の事を振り返る。

あの清々しいまなざしと片えくぼの微笑みの裏に、Myu の壮絶な半生が隠されていたとは想像する事さえ出来なかった。悲しいほど人は美しくなるものなのか。いや、それを乗り越えて来た人だから美しいのか。私には考えても分からないから、考えない事にしよう。

それにしても、娘さんのバースデープレゼントと同じものって言ってたが、なんだろう? 玉手箱でない事を祈りながら、恐る恐る箱の包装紙をはがし、箱を開けてみる事にした。何だかMyu が後ろに立って、肩口から私が箱を開けるのをのぞき込んでいるような気がする。

箱のふたを開けてみると、何かエナメルのような白い木製の箱が入っている。傷をつけないように注意を払い、ゆっくりと箱から出してみると小さな猫足が付いた箱だが、正面にも側面にも、ベルサイユ宮殿にありそうな装飾が施されている豪華な箱である。ふたが付いているのでゆっくりとフタを持ち上げて、グランドピアノのような状態にすると、かわいらしい音色で音楽が流れて来た。オルゴールであった。

あっ! この曲は・・・ 「悲しみのアンジー」Myu がステージのベットショーで踊っている時の曲だ! オルゴールから奏でられるそのメロディーが、胸にしみこんで来る。頭の中にMyu の踊るベットショーが映し出される。Myu は投げかけられた照明を浴びながら、盆の上でうつむき狂おしいほどの悲しみにひたりながら、それでも両腕を前に差し出して、虚空で何かをつかもうとして手を握りしめる。もしかしたら、つかもうとしているそれが夢と言うヤツか、幸せと言うヤツなのか。

しかし握りしめたその手の中には何も無い。絶望の淵に一人たたずむMyu 。力なく倒れて床の上を這いずり回りながらも右腕を、左腕をと交互に差し出してはまた倒れ込む。

アンジー、君はきれいだよ、とっても。と歌が流れる。僕たちはこれからどこへ連れていかれるんだろう。アンジー、アンジーと、繰り返しささやく声が耳元で聞こえる。その声に振り返り、導かれるようにMyu は再び立ち上がり、ヨロヨロと歩き出す。

アンジー、アンジーとささやき続ける声が怖くなり、Myu は両手で耳をふさぎ、その声に体を震わせながらも決して振り返らず必死で前に進んで行く。どこまでも・・・

私は泣き出してしまった。さっき車の中でMyu から聞いた話が、Myu のステージとすべて重なり合い、胸がいっぱいになった。Myu は、ストリップの20分ほどのショーの中で、見事に自分の半生を演じきっていた。今こうして思えば、すざましいショーだと思い知った。このショーはMyu 以外の誰にも演じる事は出来ない。女の生き様をありていに描いた作品だ。

私は今夜ほどMyu と言う人に出会えた事に感謝した日は無い。しかし、本音では彼氏と上手くやって行きたかったと言う未練も、心のどこかに眠らせているのではないだろうか。私はそう思う。夜が明けて明日になり、娘さんは私と同じこのオルゴールの奏でるメロディーを聴いて何を思うのだろうか。

これからもMyu 親子が、ずっと幸せな人生を歩む事を願ってやまない。

(2020.09.12)

※この物語に登場する個人・団体等は架空のものであり、実在するものとは一切関係ありません

#27 夜更けのMyu(1)
#28 夜更けのMyu(2)
#29 夜更けのMyu(3)
#30 夜更けのMyu(4)
#31 夜更けのMyu(5)
#32 夜更けのMyu(6)