屋根裏談話室

#30 夜更けのMyu(4)

「あのさぁ、あたしのベットショーには一つの物語があるように感じたって言ってたよね? それは半分正解。でも半分不正解ね。あのショー全体で一つの物語になってるの。とても残酷な物語よ。」いきなりこの話を持ち出して来たMyu に私は当惑した。とても残酷な話ってどう言う事だろう。

「まだあたしが小娘だった頃に、愛してる人がいたの。彼はミュージシャンになって世界で活躍するのが夢だった。ギタリストを目指していたの。あたしは彼なら絶対に出来ると思った。だって彼はすごくギター上手かったし、バンド仲間もライブハウスのマスターもみんな、あいつは凄いからきっとやれるって言ってたから。

ある日レコード会社のプロデューサーが、彼のバンドのライブを見てくれて、ギターの彼、すごいね! でもハードロックと言うジャンルは成功しにくい。それとギターの彼だけがいくら上手くても、他のメンバーの演奏が素人同然だ。このままではデビューするのは難しい。」って言ったのよ。

その事でメンバーがもめてね。解散しちゃった。彼はもっと技量があるバンドを探して次々とバンドを渡り歩いたけど、中々良いバンドに巡り会えなくて苦しんでた。あたしは彼をいつも励まし続けていたの。その頃ね、二人で同棲生活が始まったのは。彼は自分が認められる日が来る事を信じてたけど、思い通りにはいかなかった。でもチャンスは来たの。すでに有名なロックバンドでギタリストがバンドを脱退してしまったので、新しいギタリストを探しててオーディションをするって。

もちろん彼はオーディションを受けに行って、そこでそのバンドのメンバーに認められ、新メンバーとして歓迎されて加入出来た。あの時の彼の喜びようって言ったらすごかった。加入早々、来月から全国ツアーが始まるから、存在感をアピールしなくてはって、彼とあたしは二人でささやかながら祝杯を挙げたの。幸せだったわ、二人ともね。

でも間もなく全国ツアーが始まるって言うのに、そのバンドのメンバーの一人が大麻を所持しているって事で逮捕されて、バンドのメンバー全員が事情聴取よ。彼も疑われたけど、問題は無かった。当り前よ! あたしがそばにいるんだもん、そんな事させる訳がない。でもバンドのリーダーは大麻を持っていた事が発覚して、とどのつまりバンドは活動できなくなっちゃった。

もうどうにもならなくて、また彼は一からやり直しするしかなかったけど、大麻を持っていたバンドのメンバーを使ってくれるバンドなんていないじゃん? 良くある話だけど、彼もお酒におぼれるようになって行った。何度も彼の事を慰めたり、励ましたり、叱ったりしたけど、彼は変わる事が出来なかった。そんな折、あたしのおなかの中に赤ちゃんがいる事が分かったけど、彼にはなかなかその事を話せなくて苦しかったよ。

彼を支えるために、あたしはOL時代に貯めたわずかばかりの貯金も底をついたし、現実的に同棲生活を続けて行けなくなったの。そうなると彼と喧嘩が絶えなくなってさ。彼の事大好きなのに、愛してるのに、どうしていつもこうなるの? 一旦音楽活動は休止して、アルバイトでも就職でもして生活を安定させない限りどうしようもないでしょ? でもね、彼はギターを封印する事は出来なかった。

あたしたちの赤ちゃんが生まれて来るのに、二人とも一文無しだよ? あたしはもうお腹おっきくなってて、働きに行くのは無理でしょ? 彼にいっときでもギターを封印してもらってお金を稼いで来てもらうしか・・・ さすがに行き詰った。愛だけでは生きて行けないって事を身に染みて感じたよ。

あたしは彼と別れる決心をして、無理やりだったけど彼の元を去った。あたしのわがままじゃない。死に物狂いって言うのかなぁ、あの時の気持ちって。仕方なく実家の親に頭を下げて出産して落ち着くまで家に置いて下さいってお願いしたら、今まで一人で好き勝手な事ばかりやって来て、その結果がこのザマか! ってさ。まぁね、それは言われてもしょうがない、その通りだから。でもあたしは何を言われてもいいけど、赤ちゃんだけは守らないと、産んであげないとって。

だって、愛する彼との赤ちゃんだから、神様から預けられた赤ちゃんだから。何とかかんとか家に置いてもらえる事になり、娘が生まれた。とにかく一息つけた思いだったけど、そんな時に彼がスーツを着て実家にやって来て、これまでの事を詫びて、あたしと赤ちゃんを引き取りたいって言うのよ。それはどう考えたって無理だよね、このタイミングだし。案の定、あたしの親と大喧嘩になっちゃって、娘はくれてやってもいいが、赤ん坊はわたさん! って。

もう無茶苦茶だよ? そんな事出来るわけないじゃん? 結局、三年猶予をやるから、その時になったらもう一度考えてやる! って事で決着した。彼もそれで引き下がるしかなかったんだよね。で、三年たってどうなったと思う? あたしは娘を親に預かってもらって、彼の元にも戻らず、自立する事にした。なぜ彼の事は愛しているのに戻らなかったのかって気になるでしょ? あのね、三年も経つと人の心も環境も変わるもの。

いつまでも若くないもの。彼は新しい恋人を作り、親も年を取り、娘も育ち、あたしも分別の付く女になり、人に振り回されて生きるのはもうごめんだって。あたしはあたしの思う通りに生きて行くって決めた。自分でお金を稼いで生活が出来るようになったら、娘と一緒に生きて行こうって。しばらく娘には寂しい思いをさせるかもしれないけれど、それはいっときの事だと。一年か二年の事だと自分に言い聞かせて、自分一人で家を出たのよ。

本音を言うと、あたし一世一代の強がり。やせ我慢さ。家は出たけれど娘に食べさせるお金も無い、あたしが働きに出ると娘が一人で寂しい思いをする。ならば、孫を可愛がってくれる親にいっとき甘えさせてもらおうって言う、あんまりカッコよくない話。だからあたしは家を出たらすぐにお金を稼ぐ必要があった。その時たまたま見みた求人広告の踊り子募集がストリップの踊り子だよ。

寝るとこがある、賄(まかない)でご飯に困らない、10日でお金がすぐに手に入る、しかもそれがサラリーマンの一ヶ月分の給料と同じくらいとなれば、これをやらない手はないでしょ? そしてあたしは頑張った。もう大丈夫だって自信を持てたんだ。そしてあたしは、あたしの夢をかなえて娘を引き取る事が出来た。そう、彼の夢は叶う事は無かったけど、あたしの夢は叶える事が出来た。

生きるって事は、きれいごとじゃないよ? がむしゃらに、ひたすらに、なりふり気にせず自立する事。あたし、カッコいい事言ってるね。でもそれが真実。人に振り回されてるとそれが見えない。カッコつけてるとそれが見えないのよ。そう言う意味では彼は甘かった。確かに不遇ではあったけど、愛があるならギターを封印してでも、あたしたちを守って欲しかった。夢をかなえる方法は正攻法一つじゃなくて、やり方さえ変えれば叶う方法もあるはずなのよ。彼はその事に気づけなかったの。

(2020.09.10)

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