屋根裏談話室

#12 1996年 浅草ロック座の夏、再び(後編)

踊り子に花束のプレゼントか、花屋なんて行った事ないし、花屋の店員に恥ずかしくて浅草ロック座用の花束下さいなんて、とても言えないだろうな。

ともかく開演の時間になるので場内とロビーを隔てているドアの前に立つ。さて、イス取りゲームの始まりじゃぁ~! ドアが開いので場内へとなだれ込む。目指すは「かぶりつき」の正面の席! ドヤドヤとみんな盆の前の席を確保するために必死である。

私も急いで盆の前へ行こうとするが、結局確保できた席は盆前の列の通路を挟んだ右側の一番左の席であった。真正面ではないにしろ良い席である。あとはここでショーが始まるのを待てばいい。わくわくする・・・

場内アナウンスが流れた後、ショーは始まった。照明がステージを照らすと「清水の次郎長一家」のような渡世人風の一団。それぞれに三度笠に合羽の旅ガラス姿。ほ~う、今日は和風なショーかな? オープニングは今日の踊り子の顔見世だから全員が出ている。もちろん雅麗華さんも蘭錦さんもいた。そして何と言っても今日の目玉、中央に村上麗奈さんがいた。ほ、本物だ!

村上麗奈さんも三度笠に合羽姿、森の石松みたいな感じ。踊り子全員による和風な踊りが披露されているのでじっくり見ていると、一人づつ本舞台から花道を通って盆へ出て来た。すると・・・「お控えなすって、お控えなすって。早速のお控えありがとうござんす。てめえ、生国は駿河の国で産湯を使い、姓は村上、名は麗奈と発しやす。以降お見知り置きの程、よろしゅうお願いいたしやす」と仁義を切った!うほっ! カッコイイ~!

次々に入れ替わりながら雅麗華さんも蘭錦さんも同じように次々と仁義を切る。まぁ~その仁義を切る姿のカッコイイ事この上ない。踊り子さんたちのセリフの活舌の良さと声を張って堂々としゃべる役者っぷり! 鳥肌が立ちそうだ。私は盆の下にいるので、下から見上げるような形で見ているのだが、こんなに素敵な場面を間近で見られるなんて、もう最高っす! 今日来て良かったとつくづく思う。軽く立ち回り、チャンバラのシーンとかもあり、迫力満点見応え最高です!

その後はそれぞれの踊り子さんをフューチャーする場面とソロショーが展開される。雅麗華さんの時は数人の盆踊りの場面から曲調が変わって、集団の中から雅麗華さんが抜け出してソロショーになるのだが、アップテンポな曲に合わせて踊る雅麗華、そこから脱ぎに入ってしっとりとした場面へとつながって行く。そしてお祭りっぽいにぎやかな曲に変わると雅麗華さんの真骨頂、切れの良いダンスで場内が手拍子、声援、やんやの歓声! するとファンのお客さんからたくさんの花束やプレゼントなどが盆の上に並べられた。

その時、盆がゆっくりとどんどん高くなって行くではないか。な、なんだこれは! 基本の一段、続いて二段、頂上の三段目~! その高くなった盆の上で雅麗華はお客たちをあおり立てる様にアピールしながら挑発的なダンス、そしてお客さんからプレゼントされた足元にあった缶ビールを取り上げると、それを高く右手で掲げてから、プシュッ!と開ける。するとその缶ビールをゴクリと一口飲んでから「また怒られるぅ~!」と大きな声で言って大笑いしながら踊っている。

盆て、天井に向かって伸びるんだな。客席の床からすると三メートル以上の高さがあったと思う。その上に雅麗華さんが立ってるから、雅麗華さんの眼から見るとものすごい高さになるはずだ。

いやぁ、雅麗華さんてすごい踊り子さんだな。こんなに広いロック座の空間を一つにまとめ上げて、お客と踊り子が一体化して完璧に盛り上げてしまう。興奮、興奮、こんなに素敵なショーを初めて見た。すごい!

興奮冷めやらぬ間に蘭錦さんのステージについて書く。これがまたすごかった! 真っ赤な着物を着た蘭錦さんは森進一の「それは恋」と言う曲で日舞を踊る。その美しさたるや、もはやこの世のものではないと思えるほどだ。恋に命を懸けた女の情念と言うものを、見ているこっちが胸が苦しくて息が出来ないと思わせるようなステージだ。身のこなしの繊細さ、視線の持って行き方、着物のスソのさばき方、もう絶品でぐぅの根も出ない、もうお見事と言うしか言葉が見つからない。

狂おしいほどの感情移入をしたまま盆に来て、身もだえる蘭錦。盆が回り蘭錦さんの顔が私の目の前に来た。すごい迫力、額から流れ落ちる汗、甘い香り・・・もう抱きしめてあげたくなるような衝動に駆られるが、それは出来る訳ないので、そうか、こういう時に花束をプレゼントすればいいのか。トーストおじさんが言っていた意味が良く分かった。だが今私は何も準備して来ていない。どうしよう、そうだ、失礼なのは重々承知だが今はこれしか手立てがない! でもこの感動をありがとうと言う気持ちを伝えたい。折りたたんだ一万円札をティッシュに包んで再び私の前に回って来た蘭錦さんに、恐る恐る差し出した。

受け取ってくれるだろうか、それとも無礼打ちに遭うだろうか分からないが、当たって砕けろ! だ。しかし盆の床にうつ伏せで顔をあげていた蘭錦さんは、突然目の前に差し出された物の意味を察したのか、ほんのちょっと踊りを止めて私の事を見て「ありがとうございます。」とニッコリと微笑み、受け取ってくれた。それだけではなく右手を私に差し出して握手までしてくれたのだ。細くやわらかな手だ。もう私は気絶しそうだ。なぜか客席から拍手が聞こえた。

あの憧れの蘭錦さんに握手してもらった、手を握れたと地に足が付かぬ気持ちで私は座席に座った。む、胸が苦しい~♪ こんな事がありえるか、夢じゃねぇ~かと何度も思った。ホントに蘭錦さん、素敵な人だな・・・ずっとそんな事を考えてるうちにショーはフィナーレを迎え、1996年私の夏休みは終わった。ほんとに良い夏休みだった。場内からロビーへ出ると、あのトーストおじさんが私に声をかけて来た。

「よう、お前さん中々やるじゃねぇか。見てたぜ白い包を蘭ちゃんにあげたとこ。いいタイミングだったな、ショーの流れを妨げないように渡せたのは合格だ。ただああ言う物より花束の方が、踊り子は盆から舞台へ戻って行く時に花束持って見栄切って引き上げられるからいい演出になるんだ。自分が好きな踊り子がきれいな花束を客席に見せながら戻って行く姿は自分としても、他のファンとしてもうれしいだろ? そう言う演出効果があるんだよ。言っただろ? ストリップの世界は義理と人情と思いやりだって。そう言うもんさ。」

トーストおじさんはそう言って私の肩をポンっと叩き、じゃぁなと言って帰って行った。ストリップのお客って、そこまで考えるものなのか。自分が好きな踊り子がいかに美しい絵になるような演出を考えて、しかもそれをする事で自分も嬉しい、他のお客も嬉しい、踊り子も嬉しい、まさに共存共栄、義理と人情と思いやりで成り立ってるんだな。おせっかいと言ってしまえばそれまでの事だが、言われてみればその通りだと思った。

(2020.8.16)

#10 1996年 浅草ロック座の夏、再び(前編)
#11 1996年 浅草ロック座の夏、再び(中編)
#12 1996年 浅草ロック座の夏、再び(後編)
#13 ここまでの編集後記