屋根裏談話室

#18 アイドル看板スター踊り子 (5)

せっかく踊り子として腹をくくってやって行こうと決めた所なのに、所属事務所の方針転換でいとも簡単に引退する事になってしまったアイドル看板踊り子の彼女。公明正大な引退興行をする訳でもなく、沈黙を守ったままフェイドアウト。才能のある踊り子であるがゆえ、本当にもったいないと言う気持ちしか私には残っていない。そうは言ってもストリップの踊り子が引退する時、華々しく盛大に引退公演が出来るのはホンの一握りの踊り子だけで、その多くはふと気が付くと消えていなくなる事の方が普通だ。

思えば私は手紙のやり取りを通じて、結果報告ではあったが彼女自身が教えてくれたと言うのがせめてもの救いではあった。多分、彼女の事だから私に気を使ってくれたものだと思う。でなければ「あの人は私が今週で引退だと知ったら、どんなに無理しても毎日劇場に通ってくるに違いない。」と考えたのだろう。「あんまり私に入れ込むとヤケドするよ? ほどほどに。」が、以前彼女が私に言った言葉だからである。

それから未練タラタラな気持ちを中々成仏させられない日々が続いていた私だが、気持ちを整理するために、忘れられずとも良い、心を静める事にする。と言う考え方に方向転換した。

彼女の引退からしばらくたって、劇場の常連たちがどこから聞いたものか、彼女が引退したそうだと言う話が水面下で広がって行った。私はそ知らぬ振りをして「へぇ~、そうなのか。」と冷静に話を聞いていた。だが、常連さんたちの話には蛇足が付いていた。「お宅さぁ、だいぶあの子に入れ込んでいたからショックだろうな。みんながお宅の事、何て呼んでたか知ってるか? 」何の事だか私には分からない。「優に狂った男って呼んで笑ってたぜ。」そうなのか、それは知らなかった。

私と彼女のポラやフィナーレでのやり取りを、常連さんたちは冷静に客観的に見ていたのだろうから、私が彼女に入れ込んでいたのは一目瞭然だったのかも知れない。自分としてはさほど派手に振舞ったとは思っていなかったが、他人の目と言うものは実に恐ろしきものなり。さらに常連さんが蛇足の話をご親切に聞かせてくれた。

「優姐さんはどうやら高級ソープに行ったらしいぜ。」そ、ソープ? 「ソープ嬢としてお店に出てるって言う情報がある。たまたまソープに行ったヤツがソープ嬢のカタログに、優姐さんにそっくりな女の子の写真があって驚いたって。さすがに指名する気にはなれなかったそうだ。少なくともオレたちが知ってる優姐さんは、踊り子の優姐さんだもんな。」私は言葉を失った。いや、別にソープ嬢が悪いと言っているのではなく、なぜ今ソープ嬢なのかと言う事だ。

AV女優として有名なのは知ってる。けど事務所の方針転換と言うからまたAVの方に戻るのかと思ってた。ストリップの踊り子として活躍をしてる最中だと言うのに、ストリップを辞めてまで、何ゆえソープ嬢なのかと。事務所って言うのはさ、金の事しか考えていないのか? 私は「事務所」って所に憤慨した。彼女が自分から「私、ソープ嬢になりたいんですぅ。」って言ったのなら、それはそれで私も納得するかも知れないが。

しかしながら、常連さんたちの蛇足の話。私にとっては思いも寄らぬ事ではあるが「少なくともオレたちが知ってる優姐さんは、踊り子の優姐さんだもんな。」と言う言葉に、なんと言うか、ストリップ客の誠を見た気がして救われた。私にとっても常連さんにとっても、彼女は踊り子以外の何者でもないと言う認識。それと「優に狂った男って呼んで笑ってたぜ。」その言葉には私を侮辱するような気持ではなく「まぁ、気持ちは良く分かるよ。でも夢中になるなって。」と言う思いやりの気持ちも込められている。

ストリップは「義理と人情と思いやりの世界」である。常連さんたちもきっと痛い目に会った経験がそう言わせているのだと思った。最終的に彼女は手紙の中で「もし、今後偶然どこかの街で私を見かけたとしても声はかけないで下さい。そこで見かけた人は、あなたが知っている私ではありません。」と書いていた。ストリップの踊り子やめて、ソープ嬢になるとは言えないので、そのように書いたのだと思う。

私のようなストリップ客如きに、そこまで気を使ってくれる彼女に涙が出た。彼女を応援して来た事に何も間違いは無かった。いや、むしろ誇らしいとさえ思う。それは私に人を見る目があったと言う事だ。結局、彼女がストリップをやめてソープ嬢になった事も、常連さんたちの思いやりも、事務所の事も、もうどうでもいい。彼女は自分に与えられた時間の中で、とても素敵なステージを踊ったと言う事実、そして私もそんな踊り子を精一杯応援したと言う事実がすべてなのだと思う。

私は良い人と出会い、良い時間を過ごせたと言う事だけで、もう満足だと納得した。劇場の帰りに夜空を見上げると、無数の星が瞬いていた。だが、残念な事に涙で星がにじむ夜は言えない思いがあふれて家に戻っても今夜は眠れないかも知れない。

(2020.08.28)

※この物語に登場する個人・団体等は架空のものであり、実在するものとは一切関係ありません

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