屋根裏談話室

#13 ここまでの編集後記

#1~#12 までの編集後記として書く。

私が生まれて初めてストリップを見たのが1994年の山梨県石和で会社の慰安旅行での事。そしてその翌年1995年の夏には旅行のついでとかではなく、ハナから自主的にストリップを観劇したいと積極的な行動をした。そこで浅草ロック座のショーを見て感動し、さらにその翌年1996年の夏には再び浅草ロック座に足を運んでいる。

ここまで読めば分かるかと思うが、当初の私は一年に一回だけストリップを見に行っている。山梨の小屋の場合はちょっと違うが、あとの2回は夏休みの自分的なイベントとして浅草ロック座へ行っているのである。要するに私にとってストリップは「お祭り」みたいなものと考えていたのである。もっとも、何故だか分からないがストリップの興行は、毎年一回しか公演されないのもだと思っていたのである。

そしてさらに言うと、ストリップと言うのは浅草でしかやってないと思っていた。今にして思えば何でそのように思っていたのかは謎である。ともあれ毎年一回のペースで、一般客としてストリップ観劇をしていた訳だ。しかしその翌年1997年になると、あるキッカケからそのスタイルは激変する事になったのだ。

その「あるキッカケ」についてはこれからの記事にゆずるとする。そもそも#1から#12までのお話は、1994年~1996年までのいわば昔話である。それも今から24年から26年前のストリップ観劇日記である。それを今、2020年になって思い出して書いているので、劇場関係、つまり入口付近やロビー回りの位置関係など、正確ではない事もある。正直書きながらここはどうだったけな? や、どうしても思い出せないところもあった。

しかしながら可能な限り「ついさっき見て来た」と言う感じで書いた。二十数年前の出来事だぞ? 多少アバウトな記述があったとしてもい~じゃないか。(^-^; と言うわけで、私がここまでの話で言いたかった事と言うのは、微妙に相違はあっても、二十数年たっても色あせない心に刻み付けられた素敵な踊り子さんたちのステージ、ショーがあったという事実である。だからこそ2020年になった今でもこうして思い出して新鮮な観劇日記を書く事が出来たと言う事である。

私は1997年からストリップレポート(観劇日記)を書き続ける事になるのだが、#1~#12までの観劇日記は全く書いていなかった。つまり新作レポートなのだ。なぜ今更そんな昔の事を新作レポートとして書いたのか。自分のために書き残して置きたかったと言うのが正直な所である。では何で書き残して置きたかったのかと言うと、1994年の初観劇以来、2015年までの活動履歴は18年にも及ぶ。

まぁ、観劇日記を書き続けて2015年で燃え尽きたが、実際には観劇日記を書くのを止めただけで、2020年の今でもストリップの踊り子さんたちとは接点があり、ある意味ストリップとはかかわっているのである。1994年の初ストリップ観劇を私の起点とするならば、今年で28年だぞ? しかもまだストリップとの関わり合いは現在も継続中なのだ。

つまり、ストリップについてこのようにお話しする事は、ある意味自分自身の人生を語るに等しい。人間五十年と言うが、寿命自体は今平均的にもっと長生きになっている。そうだとしても30年近い時間はそれ相応な重いものである。そこに書く意義を見出したのである。

2020年の昨今は、SNSと動画が主流のインターネットであるが、私は文章にこだわりたい。じっくりと腰を落ち着けて読んでもらえる「読み物」としてのホームページにこだわりたい。ツイッターは140文字なので入力できる文字が少なすぎる。しかも記録として何かを残すには不向きだ。YouTube は動画が無ければ話にならない。もちろんブログと言う選択肢もあるが、記事の順番に自由度が無い。もちろんこのサイトもCMSと言われるWordpress を利用しているので、1995年くらいから流行ったホームページとはまた違うのだが、Wordpress の方が作り方次第で昔のような「ホームページ」に近いものが作れる。

記事を1から順番に読んでもらえるのは書籍に近い。なので目次を作る意味がしっかりとある。ブログのように新着記事が常に一番最初に来るのでは、目次を作る意味がない。私が望むホームページの形式は、あくまでも目次からホームページの内容がすべて見渡せるものでなくてはならない。

そして、文章を読めるようにする環境は、黒い背景に白い文字が良い。グレーの文字の方が目が疲れないが、閲覧する端末によっては見づらい場合もあるかと思う。基本パソコンもしくは画面の大き目なタブレットで読んでもらう事を前提にして作っている。スマホでも読めるが文章が長いので見づらいと思う。

写真や動画は基本使わない。過去に渡辺理緒さんから文章で勝負する人は、写真などに頼ってはいけない。あくまでも伝えたい事や表現したい事は文章を工夫してどうすれば伝わるか、表現できるか、想像をしてもらえるかと言う事にこだわるべきだ。と手厳しい指摘をされたものだ。それを座右の銘にしている。

果たしてここまで書いて来た新作観劇日記で体現できているかは、読んでくれるあなたに委ねるものである。

さてさて、今後のこのホームページの方向性は? これまで劇場へ足を運んで踊り子さんたちのステージにまつわる観劇日記を書いて来たが、踊り子の応援隊・追っかけについては何も書かなかった。もちろん素敵な踊り子さんが主役のストリップの世界ではあるが、それを陰から支える応援さんたちの人間模様と言うものも、さりげなくどこかで書き残してもいいんじゃないか、ストリップは踊り子だけでは成立しない部分も大いにあるのだ。と思った。

だから半地下、半分地下に埋まっているこのホームページでそう言う生々しいドロドロとした? 事も書き残して置こうかなと。まぁ、どんな事になるのかはやってみないと分からないが、そこにいた人の数だけ人生がある。人間模様がある。乞うご期待!

(2020.08.17)

#10 1996年 浅草ロック座の夏、再び(前編)
#11 1996年 浅草ロック座の夏、再び(中編)
#12 1996年 浅草ロック座の夏、再び(後編)
#13 ここまでの編集後記