屋根裏談話室

#19 「傘が無い」の法則

今日は「傘が無い」の法則についてお話しよう。

昨今SNSが大流行と言うか、生活インフラのようになっており、一日中明けても暮れてもスマホやPCで、貴重なあなたの時間をそれに費やしている人が多いと思う。

まぁ、それは人それぞれで良いのだが、SNSには中毒症状のようなものがある。

寸暇を惜しんでわずかでも時間があれば、Twitterだ、インスタグラムだ、YouTubeだと、スマホを見ながらSNSに時間を費やしている。

うん。SNSに注ぐのと同じくらいの情熱と熱量を以て、読書や勉強、自己投資をしたらば、さぞやすごい人になれるかも知れない。寸暇を惜しんで本を開き、スキルアップをし、自分磨きに没頭すれば・・・

いや別にあなたに説教を垂れると言う訳ではない。
常々私は「人生は何事も期間限定である」と感じている。

オギャァ~!と母のまたぐらからこの世に生まれ出でて、自分の息の根が止まる最後の瞬間まで、何年あるか、何時間あるか誰にも分からないが、いずれにせよ自分がこの世に生きている時間は「期間限定」である。

例えばもし、あなたは「余命1年」だと宣告されたとする。
あなたはこの自分に残された「余命一年」をどのように過ごしたいと思うだろうか。
SNSに没頭して人生の楽日を迎えると言うのも人の一生である。
人それぞれの価値観の問題だから否定はしない。

ただ、SNSに書かれている話や動画と言うのは、大方自分には何の関係もない情報である事がほとんどではないか? 見ず知らずのどこかの誰かが、好き勝手に自分が言いたい事を垂れ流している。別にそれが悪いと言う訳ではないし、自分の知らない話を知れると言う事もある。

情報と言うものは、自分が知りたい事に対して自分から取りに行くものであり、ダラダラと流れて来るタイムラインの記事を片っ端から目を通して、「余命一年」の貴重な時間を何時間も費やすほどのものでもない。SNS中毒の怖い所は、そこに書かれている事や動画の内容は、すべて他人が考えて、毎日、毎晩、毎時間、毎分、毎秒、不特定多数の人に向けて繰り返し発信されている事である。

つまり「洗脳」だ。

SNSと言うプラットホームを製作したエンジニアやプランナーたちは、SNSと言うプログラムを作る時、まずどう言うコンセプトでプランニングで、SNSと言うプラットホームを設計、構築したのか。

彼らは最初から「利用者に中毒症状を起こさせる」と言う事を考えた。
そう、利用者を意図的にSNS中毒にさせると言うコンセプト。わかるかい?

アル中やニコ中、ギャンブル中毒の患者と同じ。SNS中毒患者生産装置。
まぁ、そんな事があると言うのも知っておくといいよって話なので、その話はどうでもいい。

ともあれSNS中毒にされてしまった私たちにとって一番大事な話は、発信者が誰であれ、記事の内容がどうであれ、いずれにせよ他人のする話を毎日、毎晩、毎時間、繰り返し聞かされる事である。それにより、あなたも私も催眠状態に陥り、他人のペースに引き込まれ、乗せられ、流され、運ばされ、自分でモノを考えなくなって行く事。

自分自身と向き合い、自分自身と対話して、自分の余命をどのようにして充実した時間を過ごして行くかを考える。スピリチュアル的に言うと「グラウディング(地に根を張る)」と言うもの。

つまり、あなたがあなたでいる事。自分が自分でいる事。
これが「グラウディング」であり、余命を生きると言う事なのである。

わからない?(笑)

あなたが今向き合って進めて行く事、解決しなければならない事と言うのは、自分には「傘が無い」と言う事が問題であって、誰がどこのお店で何を食ったとか言う事ではない。おおよそSNSの記事に書いてある話とは「無縁」である。

あなたがあなたの「傘」を探すためには、他人の話や意見に惑わされず、自分自身と向き合い、自分自身と対話しながら、自分に残された「余命」と言う時間をどのように充実したものにして行くか。それに尽きる。

人は生まれた瞬間から「余命」が始まり、幼稚園へ行く事も、学校へ行く事も、仕事をする事も、すべて「期間限定」のイベント。だから、SNSなど世間の動向はさて置き、「傘が無い」と言う事が今の自分自身の問題だと言う事に気が付いて欲しい。

今回はこの歌を聞いて自分自身、あなた自身、色々考えて「気づき」を得てくれ。

 

2020/08/30